← 戻る ホテル ユニバーサル ポート ヴィータ

「しーっ。水族館に迷い込んだのかもしれないよ」

## 「しーっ。水族館に迷い込んだのかもしれないよ」 「ここ、本当にホテルの部屋なの?」 君が驚いたように声を上げた。 「しーっ。水族館に迷い込んだのかもしれないよ」 僕がそう答えると、君は冷たいドアノブから離れた指先で、部屋を満たす深い青い空気をなぞった。 どちらからともなく靴を脱ぎ、もこもこの絨毯に足を深く沈める。 外は四月の賑やかな春なのに、ここだけは、静謐な水底のような時間が流れていた。 「静かだね」 君の呟きが、水の中に溶けていくように小さく響いた。 ## 液体のような静寂と、不揃いな呼吸の心地よさ ホテル ユニバーサル ポート ヴィータの扉を開けた瞬間、肌を撫でたのは、温度がわずかに下がったような心地よい錯覚だった。ポート ディープ オーシャン フロア。そこは、深い海の底を切り取って地上に運んできたかのような空間だ。珊瑚やクラゲを模した装飾が、淡い燐光を放ち、視界を心地よく塗りつぶしていく。その青さは単なる色彩ではなく、身体を優しく包み込む液体のような静けさだった。 僕たちは、まだお互いの心の深淵までを完全には理解し合えていない。会話の途中でふっと訪れる空白に、どちらが先に言葉を投げかけるべきか、いつも迷っている。けれど、この深い青に抱かれていると、その空白さえも心地よい水圧のように僕たちを繋ぎ止めてくれる気がした。 ふと思い出したのは、街角で食べた、出汁の香りが強く漂うたこ焼きの味だ。熱すぎて口の中を火傷しそうになりながら、「熱いね」と笑い合ったあの瞬間。あの時の熱量と、この部屋のひんやりとした静寂。その鮮やかな対比が、今の僕たちの不器用な関係に似ている気がして、少しだけ可笑しくなった。 ベッドに身を投げ出すと、もこもこルーム特有の柔らかな質感が肌にまとわりつく。それは、雨を忘れた雲の上に横たわっているような、あるいは海辺の白い砂に埋もれているような感覚だった。シーツから漂う清潔なリネンの香りと、窓の外に広がる大阪の夜景。遠くに聞こえる街の喧騒が、厚い水層を通した音楽のように心地よく、遠い。 君の呼吸が、僕の肩に触れる距離にある。僕たちは、完璧な二人ではないのかもしれない。歩幅も、考える速度も、きっとどこかでズレている。でも、そのズレがあるからこそ、隣にいることが新鮮で、少しだけ緊張する。その心地よい緊張感こそが、僕たちが今、ここに一緒にいるという確かな手触りなのだと思う。 もしかすると、僕たちは答えを探して旅に出たのではなく、答えが出ないまま一緒にいられる場所を探していただけなのかもしれない。この深い青い空間は、そんな不器用な僕たちの逃げ場所ではなく、ありのままの姿で呼吸するための、ちょうどいい器だった。 窓の外では、桜の花びらが夜風に舞っているだろう。ピンク色の喧騒を背にして、僕たちはこの深い青の中で、ただ静かに、お互いの体温を感じていた。そんな時間が、僕たちにとって一番贅沢なことだった。 指先がふっと触れ合い、そのまま溶け合うように離れなかった。 - ラウンジで、あえて何も決めない贅沢な時間を二人で分け合ってほしい。 - 朝の澄んだ空気の中、ゆっくりと桜の道を歩いて、今の気持ちを言葉にしてみて。