満腹のあとに訪れる、禁断の食欲
浴衣の袖が手首に触れる、少しざらついた麻の感触が心地よい。ホテル瑞鳳の豪華なビュッフェでは、炭火で焼いた牛タンの香ばしい匂いに誘われ、胃袋の限界まで堪能したはずだった。しかし、数寄屋造りの趣深い部屋に戻り、い草の香りがふわりと漂う畳の上に深く寝転がった瞬間、私たちは互いの顔を見て、同時にある種の「共犯関係」に気づいた。お腹は十分に満たされているはずなのに、心と口が、何か刺激的なものを激しく欲している。誰が言い出したのかはもう覚えていない。ただ、「この静寂の中で、あえてコンビニ菓子をかじることこそが、この旅で一番の贅沢なのではないか」という、根拠のない賭けが始まった。私たちは深夜の密偵のように、足音を忍ばせて買い出しへと向かった。手に持ったビニール袋が、静まり返った廊下でカサカサと乾いた音を立て、それが心地よい緊張感となって胸を高鳴らせた。夜の冷気が、温泉で火照った頬を心地よく撫でていく。
菓子袋の破裂音と、夜更かしの告白
「信じられないけど、あいつ、大浴場に行く途中で迷子になってたんだよ。このホテル、広すぎてマジで迷宮じゃん」
ポテトチップスの袋を乱暴に開けた鋭い音が、静まり返った部屋に響き渡る。私たちは畳の上に円を描くように座り、地元の銘菓と、あえて選んだジャンクなスナックを贅沢に並べた。
「いや、だって案内板が多すぎて、どっちに行けばいいか分からなかったんだよ。結果的に、磊々峡を望む見たこともないほど素敵な中庭を見つけたし、あれは正解だったと思う」
「正解っていうか、ただの方向音痴でしょ。賭けてもいいけど、明日も絶対迷うね」
そんなくだらないやり取りをしながら、ずんだ味のスイーツを口に運ぶ。鮮やかな緑色のペーストが舌の上でとろけ、濃厚な甘さと絶妙な塩気が混ざり合い、火照った体に心地よく染み渡っていく。色とりどりのパッケージが畳の上に散らばる様子は、まるで子供の頃に秘密基地で過ごした時間のように、どこか懐かしく、自由な感覚を呼び覚ました。豪華なディナーの洗練された味よりも、この時間に、このメンバーで、畳の上で遠慮なく笑いながら食べる安っぽいお菓子の味の方が、ずっと記憶に深く、鮮やかに刻まれる気がする。もしかしたら、旅の本当の目的は、有名な観光地を巡ることではなく、こうして誰かと一緒に「贅沢な無駄時間」を共有することなのかもしれない。誰かがポテトチップスを口いっぱいに頬張って、喋ろうとしてむせた瞬間、部屋中が弾けるような笑い声に包まれた。その笑い声が、ホテルの高い天井へと吸い込まれ、夜の闇に溶けていくのが分かった。
満ち足りた静寂が、輪郭を塗り替える
お菓子の袋が空になり、賑やかだった言葉も自然と途切れた。部屋の明かりを落とすと、窓の外から秋の夜風が、かすかにすすきの揺れる乾いた音を運んできた。さっきまであんなに賑やかだった空間が、ふっと静まり返る。でも、それは寂しい静けさではなく、お互いの存在を肌で心地よく感じる、密度の濃い沈黙だった。ホテル瑞鳳という巨大な建築物の中に身を置きながら、今の私たちには、この畳の上の数メートルだけが世界のすべてであるかのように感じられた。外の空気はしっとりと冷たくなっているけれど、浴衣の中でじんわりと感じられる体温と、空いた袋に残ったお菓子の甘い香りが、ここを誰にも邪魔されない聖域に変えていた。暗闇に慣れた目に、わずかに漏れる廊下の明かりが、障子越しに柔らかな陰影を描き出している。もしかしたら、私たちはこの場所で、自分たちが無意識に抱えている「孤独」という名前の臓器を、少しだけ休ませることができたのかもしれない。答えなんてなくていい。ただ、このまま時間が止まればいいのに、なんて、柄にもないことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。深い安らぎが、波のように静かに押し寄せてくる。
月明かりが畳の上に、細長い銀色の線を引いていた。
- 仙台名物のずんだ味のお菓子。濃厚な甘さと塩気のコントラストが深夜に刺さる。
- あえての激辛スナック。温泉で温まった体に、刺激的な刺激を。