肩に張り付く濡れたシャツの不快感。冷たい雨が首筋を伝い、誰が傘を忘れたかで言い合いになりながら、濡れた石畳を歩いた。今回の旅で「一番準備不足な奴が奢る」という賭けをしたけれど、結果的に全員が何かを忘れていた。まあ、そういう不器用さが私たちのチーム作戦みたいなものだ。
口の中で弾ける、深く濃いめの出汁の味。メインダイニング「木蘭」で出された料理の、絶妙な塩気が、歩き疲れた体にじわじわと染み込んでいく。立ち上る湯気が眼鏡を白く曇らせ、温かいお茶を啜ったとき、喉の奥がふっと緩む感覚があった。美味しいものを食べているときだけは、互いに文句を言うのを止めていた。
「今回は大人の旅にして、お互いリスペクトし合おう」なんて誰かが言った。けれど、和室に入って三秒後には、誰が一番いい場所で寝るかで揉めていた。畳のい草の香りが漂う中、結局、リスペクトとは「相手のわがままをどこまで許容できるか」という耐久テストのことなのだろう。
私たちは「計画的に動こう」と決めていた。けれど実際には、誰かが「あっちに紫陽花が咲いている」と言えば、全員で迷路のような路地へ飛び込んだ。地図を見るのを諦めて、湿った風と土の匂いに身を任せる。効率の悪さが、心地よいリズムになっていた気がする。
兵衛向陽閣の金泉に身を沈めると、赤褐色の濃密な液体が、肌の表面張力を塗り替えていく。それはまるで、身体に溜まった日々のノイズがゆっくりと溶け出し、お湯に吸い込まれていく感覚だった。重い液体に包まれていると、思考の輪郭がぼやけて、ただ「今、温かい」ということだけが正解になる。
深夜三時。裸足で踏んだ廊下のタイルの、ひんやりとした温度が足裏から突き抜ける。トイレまで歩く数歩の距離が、いつもより遠く感じられた。古い建物特有の、乾いた木の香りと、かすかに混じる硫黄の匂い。その静寂が、心地よい重さを持って肌にまとわりついていた。
誰かがお菓子をこぼして、それを一緒に片付けながら、どうして私たちはこんなに不器用なんだろうと笑った。大真面目な顔で言い合うけれど、心の中ではこの支離滅裂な時間が心地いいと分かっている。完璧な旅なんて、きっと退屈で仕方ない。
チェックアウトのとき、外はまたしとしとと雨が降っていた。けれど、もう濡れることは怖くない。身体の芯に残ったお湯の熱が、薄い膜のように私たちを守ってくれている気がした。少しだけ視点が変わった。世界が、一分だけ優しく見える角度が見つかったかもしれない。
濡れた路地に、紫陽花の青が静かに滲んでいた。
- 金泉の赤褐色にどっぷり浸かって、思考を停止させる体験をぜひ。
- 迷路のような有馬の路地を、あえて地図なしで歩いてみて。