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濡れたサンダルが、廊下で小さく鳴った

濡れたサンダルが、廊下で小さく鳴った

雨の道後、心に刻まれた五つの調べ

1. トクトクと、鮮やかなオレンジ色の液体がグラスを満たしていく音。道後ややに到着してまず向かったみかん蛇口で、次男が「僕がやる!」と弾んだ声を上げ、甘い雫がテーブルに小さく跳ねた。指先に残る心地よいベタつきと、鼻をくすぐる濃厚な柑橘の香りは、日常を脱ぎ捨てて旅が始まったことを告げる、賑やかなファンファーレのようだった。我々は優雅な到着を想像していたけれど、実際は最初からこの調子。でも、その不揃いな始まりがたまらなく心地よかった。

2. バサッ、と厚手の生地が空を切る快い音。ロビーのタオルボックスから選んだ真っ白な今治タオルを、長女がマントのように肩に羽織り、廊下を全力で駆け抜けていく。ふかふかとした綿の感触が肌を包み、絨毯に吸い込まれる足音の合間に、鈴を転がしたような高い笑い声が鋭く響いた。大人が重視する「上質さ」よりも、子供にとっての「正義の味方の装備」としての誇らしさが、その小さな背中には宿っていた。光の中を弾む白い影が、見る者の心を軽くしていく。

3. カチャリ、と温かいコーヒーカップがソーサーに触れる静かな音。おもてなしラウンジの隅で、ようやく訪れた大人のための数分間の静寂。雨に濡れた窓ガラスを透過した光がプリズムのように散らばり、室内に淡い虹色の粒を落としていた。深く焙煎された豆の香りに包まれながら、外の世界を歪ませる水滴をぼーっと眺めていると、旅の緊張で強張っていた肩の力が、ゆっくりとほどけていくのがわかった。この静寂こそが、家族旅行における最高の贅沢なのかもしれない。

4. パタパタと、濡れたサンダルが石畳を叩く不規則なリズム。道後温泉本館へ向かう道中、傘と傘がぶつかり合う鈍い音が、不思議と心地よいメトロノームのように響く。雨に濡れた紫陽花が、水滴というレンズを通していつもより深く、濃い青に染まり、ひんやりとした空気が頬を撫でた。子供たちが「あ!あそこに何かいる!」と指差した先には、街の灯りが雨粒に反射して宝石のように光っていた。予定通りにいかない雨の散歩だけれど、そんな不便さこそが、記憶に深く、鮮やかに刻まれる。

5. シャリシャリと新鮮な野菜を噛む音と、フォークが皿に当たる軽やかな音。朝食バイキングの賑わいの中で、長男が黄金色のフレンチトーストを頬張りながら「これ、最高!」と歓声を上げた。窓から差し込む柔らかな朝陽が、オレンジジュースのグラスを通り抜けて、白いテーブルクロスの上に小さな光の輪を描いている。その不揃いで、少しだけ歪んだ光の形が、今の私たちの家族のあり方に似ていて、たまらなく愛おしく思えた。

玄関に脱ぎ捨てられた、まだ少し湿り気を帯びた小さなサンダル。

  • 蛇口から出る3種類のみかんジュースを飲み比べ、子供たちと「どれが一番濃いか」を競う選手権を開催してほしい。
  • 今治タオルのボックスからあえて一番分厚いものを選び、温泉街の散歩のお供にすることで、贅沢な肌触りを堪能してほしい。