← 戻る リッチモンドホテル天神西通

半分に割ったオムレツと、眠い声

半分に割ったオムレツと、眠い声

湯気の向こう側に溶ける、家族の目覚め

午前七時。リッチモンドホテル天神西通の客室に、薄いカーテンを通り抜けたプリズムのような光が、細やかな粒子となって降り注いでいた。まだ夢の続きを追いかけている上の子が「あと五分だけ」と布団の奥へ潜り込み、下の子が隣で意味もなくシーツを丸めては、くすくすとはにかんでいる。そんな心地よい混沌を通り抜けて辿り着いた朝食会場は、カチカチと食器が触れ合う軽やかな音と、淹れたてのコーヒーの香ばしい匂いで満ちていた。

私たちが選んだのは、熱々のフォー。器から立ち上がる真っ白な湯気が、冷えた指先をゆっくりと包み込み、解きほぐしていく。ヌクマムの奥行きのある香りとチリソースの鮮やかな刺激が、眠っていた五感をひとつずつ丁寧に呼び起こしていく。下の子が「これ、お魚の匂いがするね」と不思議そうに麺を啜り、上の子は急にこだわりを見せて、トッピングのパクチーを指先で丁寧に端へと寄せ始めた。大人は、ようやく手にしたブラックコーヒーの心地よい苦味に、静かな安堵を覚える。「もう、ゆっくり食べていいからね」と心の中で呟きながら、子供たちのわがままに付き合い、食事を切り分け、こぼれたスープを丁寧に拭き取る。それは効率とは程遠い、もどかしい時間だけれど、そんな不器用なやり取りこそが、旅の始まりにふさわしい心地よいリズムな気がする。誰にとっても正解ではないけれど、私たちにとってはちょうどいい温度の朝だった。

喧騒の海を泳ぐ、小さな手のぬくもり

ホテルを出ると、九月の福岡はまだ夏の残り香を濃く纏っていた。警固公園のあたりを歩けば、放生会の賑わいが肌にぴたりと張り付く。四百以上の露店が連なる通りは、ソースが焦げる香ばしい匂いと、人々の弾んだ話し声が混ざり合い、まるで街全体がひとつの大きな生き物のように、深く、熱く呼吸していた。私たちは「チーム作戦」を組み、この人の波を突破することにした。上の子が地図係という名の、ただ歩きたい方向を指差す特権を得て、私は下の子の小さな手をぎゅっと握る。

指先に伝わる、少し汗ばんだ手のひらの柔らかさと、脈打つ鼓動。それが、この圧倒的な喧騒の中で唯一、私を現実に繋ぎ止めてくれる錨のようだった。屋台で買ったたこ焼きを、半分こにして口に運ぶ。外側はカリッと香ばしく、中は驚くほど熱い。口の中を火傷しそうになって、みんなで「あちち」と顔を見合わせて笑い合う。そんな、なんてことのない瞬間が、後から振り返ったときに一番鮮やかな色彩を持って記憶に刻まれるのだろう。派手な観光名所を巡るよりも、道端で見つけた変な形の石に心を躍らせたり、行列に並ぶ途中で誰かが飽きて泣き出したりすること。そういう「予定外」の空白こそが、旅の正体なのだと思う。都市の喧騒さえも、家族という小さな単位で共有すれば、心地よいBGMに変わっていく。

静寂という名の贅沢、深夜の秘密基地

ホテルに戻り、部屋のドアを閉めた瞬間に訪れる、真空のような静寂の心地よさ。リッチモンドホテル天神西通のスーペリアツインルームに備えられた真っ白なリネンは、疲れた体に吸い付くようにひんやりと冷たく、そこへ深く倒れ込む瞬間が一日の中で一番の贅沢に感じられた。子供たちがようやく深い眠りに落ち、部屋の中がオレンジ色の間接照明だけになった頃、私たち大人の「秘密の時間」が始まる。

コンビニで買い込んだ地元の銘菓と、少し贅沢なプリン。プラスチックの容器を開ける小さな音が、静まり返った部屋に心地よく響く。プリンの滑らかな舌触りと、濃厚な甘さが、一日中張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。「明日はどこへ行こうか」なんて計画を立てるけれど、実際には明日もきっと、誰かが靴下を片方なくしたり、行きたくない場所で駄々をこねたりするだろう。でも、それでいい。完璧なスケジュールなんて、誰のためにあるのだろう。隣で規則正しく寝息を立てる子供たちの、少しだけミルクのような甘い匂いを感じながら、私たちはゆっくりと意識を手放していく。この部屋の静けさは、単なる音の不在ではなく、明日への活力を蓄えるための、贅沢な余白なのだという気がした。都会の真ん中で、私たちだけの小さな繭に包まれているような、至福の夜だった。

窓の外で、天神の街の灯りがゆっくりと滲んで消えていく。

  • 朝食のフォーに、自分好みのチリソースを少しずつ加えて、味の変化をゆっくり楽しんでみてください。
  • ホテルから徒歩圏内の警固公園まで、あえて目的を決めずに散歩して、季節の風を感じるのがおすすめです。