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浴衣の裾を引いて走る、小さな足音

浴衣の裾を引いて走る、小さな足音

ざらりとした浴衣の生地が、子供の小さな肩には少し大きすぎる。老二が裾を踏んで、「おっとっと」とよろけるたびに、静かな廊下に軽い笑い声がぽつぽつと散らばった。木の廊下が心地よく鳴り、冬のひんやりとした空気が足元をかすめる。私はそれを見ていて、家族というものは、誰かが誰かの裾を引いて歩くような、そんな不自由さが心地よいのかもしれないと感じた。


指先が触れる前からわかる、お湯の濃密な密度。8階の展望露天風呂に身を沈めると、皮膚と水の間に薄い膜が張った。表面張力に身を任せていると、身体の輪郭がゆっくりと溶け出し、自分という個体が温泉に溶け込んでいく。ふと見上げた夜空の下、下呂の街の灯りが遠くで宝石のようにまたたいていた。お湯の独特なぬめりが、心の中にある尖った感情を、丸く、滑らかに削り取ってくれる。
低い唸りを上げる機械音。ケーブルカーのように斜めに昇るエレベーターに乗り込んだとき、老大が「これ、どこに行くの?」と身を乗り出した。身体がゆっくりと傾いていく不思議な感覚。重力が少しだけ方向を変えるとき、いつもの親子の役割さえも、ほんの少しだけ入れ替わったのかもしれない。そんな、日常から切り離された小さな違和感こそが、旅の正体なのだろう。
鼻腔をくすぐる、濃厚な脂が焼ける香ばしい香り。バイキングのプレートに盛られた飛騨牛を口に運ぶと、熱い肉汁が舌の上で弾け、芳醇な旨味が広がった。老二が「お肉が魔法みたいに溶けた!」と叫び、口の周りをソースだらけにしている。私はそれを優しく拭きながら、美味しいと感じる瞬間だけは、誰もが同じ周波数で笑い合えるのだと気づいた。
頬を打つ12月の鋭い冷気。屋外のイルミネーションに足を踏み入れると、吐き出す息が白く濁り、光の粒子に混ざり合った。窓ガラスに触れた指先から、じわりと温かな結露が広がる。外の凍てつく冷たさと、室内の柔らかな温もりの境界線が、水滴となってゆっくりと流れ落ちていく。その曖昧な景色が、今の私たちにちょうどいい距離感に思えた。
カサリ、と乾いた音を立てて開いたお菓子の包み紙。和室に用意されていたウェルカムスイーツの、控えめな甘さが口の中に広がった。指先に残る小さな砂糖の粒。特別な贅沢ではないけれど、誰かが自分のために用意してくれたという事実が、冷え切った指先をじわりと温めてくれる。そんな小さな配慮が、旅の輪郭を優しく、そして鮮明に形作っていく。
深い紺色の静寂。厚手の布団に潜り込み、隣で規則正しく聞こえてくる子供たちの寝息に耳を澄ませる。下呂温泉 ホテルくさかべ アルメリアの静かな夜。お湯に浸かった後の身体は心地よく重く、意識がゆっくりと深い水底へ沈んでいく。明日になればまた、裾を引きずって走る騒がしい日常が戻ってくる。けれど今は、この静かな安らぎの中に、ただ身を委ねていたい。

心地よいぬめりを纏ったまま、私たちは深い眠りに落ちた。

  • 子供と一緒に、8階の展望露天風呂から街の灯りを眺めて、冬の星座を探してみてください。
  • 下呂駅からの送迎バスを利用して、車窓から見える冬の山々の静けさを家族で共有してみてください。