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冷たい空気に溶けていく、指先の温度

「もうちょっとで着くかな」

「もうちょっとで着くかな」

君が少しだけ肩をすくめて、白く濁った息を吐き出した。

「たぶんね。あと十分くらいだと思う」

私は答えを出し切れないまま、君のコートの袖を軽く引いた。下呂駅から木曽屋まで歩く道は、12月の冷たい空気が肌に張り付く。足元のコンクリートから伝わる冷たさと、街の至る所から立ち上る白い湯煙。その光景は、まるで街全体が静かに呼吸をしているみたいに見えた。指先が悴んで言葉がうまく出てこないけれど、その不便さが、かえって隣にいる君の体温を鮮明に意識させていた。

境界線が曖昧になる温度

木曽屋の暖簾をくぐった瞬間、冷え切った指先にじわりと温かい空気が触れた。それは、凍えていた皮膚がゆっくりと目覚めていくような、微かな痺れを伴う心地よさだった。畳のい草の香りが鼻をくすぐり、外の冷気で強張っていた身体が、ゆっくりとほどけていく。案内された露天風呂付きの和室で、私たちは言葉少なに、ただそこに在る時間の流れに身を任せていた。選んだ色浴衣の柔らかな生地が肌に触れるたびに、日常で纏っていた硬い鎧を一枚ずつ脱いでいくような気がした。

専用の露天風呂に浸かると、「美肌の湯」と称される滑らかなお湯が、私たちの間にあった小さな壁を静かに消していく。水面に触れる肌の境界線が曖昧になり、どちらの体温がどこまで続いているのか分からなくなる。水底から立ち上る熱が、毛細管現象のように身体の隅々まで浸透し、思考までもが緩やかな流れに飲み込まれていく。冬の夜空に吸い込まれていく湯気と、時折聞こえる遠くの川のせせらぎ。そんな心地よい不確かさが、今の私たちにはちょうどいい。正解を出すことよりも、分からないまま隣にいること。その贅沢さに、ふと気づかされた。

食事に添えられた飛騨牛の脂が舌の上で静かに溶けるとき、その濃厚な温度が身体の奥まで染み渡り、心まで緩んでいく。地元の食材が持つ素朴な甘みが、冷えた身体を内側から温めてくれる。夜、ふと思い立って1階の卓球台に向かったときのこと。お互いに不器用で、ボールが全く的に飛ばず、ただ笑い転げてしまった。「私たち、本当に下手だね」そう言って笑い合った瞬間、旅の緊張がふっと消えて、ただの「私たち」に戻れた気がした。大人が本気で卓球に興じるという、少しだけ可笑しな光景。12月の夜の静寂は、重いのではなく、心地よい毛布のように私たちを包み込んでいた。完璧な関係なんて、きっとどこにもない。ただ、このお湯の温度のように、心地よい距離感でいられる場所があれば、それでいい。もしかしたら、私たちはずっと、こういう時間を探していたのかもしれない。

窓の外で静かに降り始めた雪が、街の明かりを淡く滲ませていた。

  • 駅からホテルまで、あえてゆっくり歩いて、冬の街の匂いを一緒に嗅いでみて。
  • 夜の卓球で、わざと不器用なプレーをして、たくさん笑い合ってほしいな。