真夜中に、誰が食欲を呼び覚ましたか
指先が白く強張るほどの冷気が、コートの隙間から容赦なく入り込む。新得駅に降り立った瞬間、肺の奥まで凍りつくような十勝の冬に襲われ、私たちはただ、お互いの肩を寄せ合って震えていた。吐き出す息は真っ白に濁り、視界の端では雪の粒子が鋭く舞っている。そんな極限状態で、誰かが「ぶっちゃけ、今から何か食べておかないと死ぬ気がする」と、震える声で呟いた。結果、駅前のコンビニで、明らかに食べきれない量のお菓子と飲み物を買い込んだ。湯宿くったり温泉レイク・インにチェックインし、温泉で芯まで温まって心地よい疲労感に包まれていたはずなのに。部屋の灯りを落とした途端、静寂の中にビニール袋のガサガサいう乾いた音が不自然に響き渡る。誰が言い出したのかも定かではないが、私たちは深夜二時、ベッドの上の絨毯に集まり、買い込んだ戦利品を広げていた。それはまるで、極寒の地で生き延びた者たちが分かち合う、ささやかな祝杯の儀式のようだった。
咀嚼音と、心地よい不毛な言い争い
「ねえ、今回の旅で『誰が一番最初に迷子になるか』っていう賭け、覚えてる? 結局、地図を読み間違えたのは君だったじゃん」
ポテトチップスを齧る鋭い音が、暖房で乾燥した部屋の空気を振動させる。私は、口いっぱいに詰め込んだチョコの濃厚な甘さと、鼻に抜けるカカオの香りを楽しみながら、わざとらしく肩をすくめた。
「あれは迷子っていうか、新しいルートの開拓っていうことにしておいてよ。それにしても、この部屋の布団、想像以上に心地よすぎない? 湯宿くったり温泉レイク・インを選んだのは正解だった。大雪山国立公園の懐に抱かれているせいか、ここだけ時間が止まっているみたい。このまま冬眠したい気分」
「誇張しすぎ。まあ、温泉で肌がツルツルになったのは認めるけど。でもさ、この地方限定スナック、味的にどうなの? ちょっと個性的すぎない?」
「それがいいんじゃん。こういう『正解が分からない味』に出会うために、わざわざこの極寒の地に来たんだし。というか、君が一番たくさん食べてるよね」
私たちは、そんなどうでもいい会話を、深夜の静寂に溶かし込んでいった。普段なら意識してしまう「正しさ」や「効率」なんてものは、部屋の柔らかなオレンジ色の灯りと、安っぽいお菓子の塩味の中に完全に消えていた。ただ、そこにいて、同じものを食べて、くだらないことで笑い合っている。相手の笑い声が耳に心地よく、心の中の強張っていた何かが、ゆっくりと解けていくのが分かった。それだけで、十分すぎるほど贅沢な時間だという気がした。
飽和した静寂のあとに訪れるもの
最後の一片のお菓子が消え、部屋には空になった袋と、心地よい倦怠感だけが残った。外では、二月の北海道らしい激しい雪が降り始めていたのだろう。窓の外は深い闇に塗り潰され何も見えないが、空気の密度がしっとりと変わり、世界が厚い雪の層に覆われていく気配が伝わってきた。積もる雪が外の世界との境界線を曖昧にし、この部屋だけが屈足湖の底に沈む潜水艦のように、あるいは深い森に隠された秘密基地のように、世界から完全に切り離された心地がした。温泉の余韻で火照った身体が、重力に逆らえなくなったかのように、ゆっくりと泥のように沈んでいく。誰かが小さくあくびをした。それからしばらくの間、誰も何も話さなかった。沈黙は決して気まずいものではなく、むしろ上質なカシミアの毛布のように私たちを優しく包み込んでいた。言葉にしなくても、今この瞬間が最高に心地よいことを、私たちは互いに分かっていた。隣に誰かがいるという確かな体温だけが、静かな部屋の中で唯一の、そして絶対的な輪郭を持って存在していた。
窓の外では、白い吐息のような雪が静かに、どこまでも降り積もっていた。
- 新得駅近くのコンビニで、十勝地方の限定銘菓をいくつか買い込んでみるのが正解。
- 温泉上がりに、あえて冷たい飲み物を飲みながら、深夜までとりとめもない話をすること。