← 戻る サロマ湖 鶴雅リゾート

笑い声が、広すぎる部屋に残った

笑い声が、広すぎる部屋に残った

琥珀色の境界線、二つの記憶

指先に触れるバルコニーの手すりが、予想以上に冷たく、冬の足音がすぐそこまで来ていることを教えてくれた。サロマ湖 鶴雅リゾートの部屋から眺める空は、湖面との境界線が曖昧で、どこまでが水底でどこからが天空なのか分からない。燃えるようなオレンジ色がゆっくりと深い群青に飲み込まれていく。その色の移ろいには心地よいラグがあり、視覚的に夜が訪れたのに、肌がそれに気づくまでに数分かかる。そんな時間的な空白に身を置いていると、「今、私たちは本当にここにいるのだろうか」という心地よい不確かさに包まれた。ただ静かに、世界が塗り替えられるのを待っていた。

信じられないと思うけれど、隣で「人生の転機に立ち会っている」みたいな、ひどく大げさな顔をして空を眺めていたあいつが、絶妙に悪いタイミングでスマホを落としそうになった。その瞬間、それまで張り詰めていたエモい雰囲気が一気に崩壊し、私たちは同時に大爆笑した。結局、絶景よりも「あいつの焦り顔」の方が、網膜に深く焼き付いている。サロマ湖の夕日がどうとか語る前に、まずはあいつの不器用さを徹底的にいじり倒さなきゃ気が済まない。そういうのが私たちの旅だ。感動に浸る暇があるなら、誰かの失敗を肴に笑っていた方が、ずっと私たちらしい気がする。

潮騒の晩餐、二つの味覚

湯気の向こう側で、北海道の秋が濃密に凝縮されていた。ビュッフェで手に取ったホタテの、あの弾けるような甘みと、舌の上で温度がゆっくりと変化していく官能的な感覚。周囲で誰かが笑う声が、カトラリーが触れ合う繊細な音に混ざり合い、心地よいリズムを刻んでいる。食事という行為が、単なる栄養補給ではなく、その場の温度や湿度、そして共にいる人の体温を共有する静かな儀式のように感じられた。口の中に残るかすかな潮の香りが、自分が今、北の果ての湖畔に身を置いていることを、静かに、けれど確かに教えてくれていた。

結果的に、私たちの食事は「誰が一番効率よく皿を埋められるか」という、静かなる生存競争になった。あいつが最後の一つになった地元の希少な食材を横取りしようとした時の、あの獲物を狙う猛獣のような執念に満ちた目。冗談抜きで怖かった。豪華な料理が並んでいるというのに、私たちの会話は「次は何を獲りに行くか」という作戦会議で埋め尽くされていた。けれど、そうやって言い合いながら、気づけば皿の上に山盛りになった料理を一緒に眺めて、お互いの底なしの食欲に呆れる。それが心地よかった。洗練された食事というよりは、賑やかな宴会に近い高揚感だった。

私たちが唯一、口を揃えて認めたこと

外に出れば、冷たい風に揺れるススキが波のように白く光っていた。温泉で芯まで温まり、心地よい倦怠感に包まれて戻ってきた和洋室で、私たちを待っていたのは、深く沈み込むような贅沢なベッドだった。靴を脱いで、裸足で踏んだカーペットの柔らかな感触と、部屋の隅に漂うかすかな木のぬくもり。それだけは、誰がどう見ても、そしてどんなに性格が違っても「正解」だった。

あんなに言い合って、互いのセンスを否定し合っていたのに、このベッドに体を預けた瞬間、全員が同時に黙り込んだ。心地よさというものは、言葉にする前に身体が先に理解するものだ。広々とした部屋に、疲れ切った体が点在している。けれど、誰一人として「寂しい」なんて思わなかった。ただ、この柔らかい沈黙を、誰にも邪魔されたくないと感じた。信頼できる誰かと一緒に「何も喋らなくていい時間」を共有できるのは、人生における最高の贅沢かもしれない。

窓の外では、月明かりが湖面に一本の細い銀線を引いている。

  • サロマ湖の夕景を眺めるなら、あえて言葉を捨てて、風の音だけに耳を澄ませてほしい。
  • 鶴雅リゾートのベッドに潜り込んだら、そのまま意識を手放すまで、何も考えないことをおすすめする。