← 戻る シャトレーゼ ガトーキングダム サッポロ

地図を捨てた後の、心地よい迷子

迷い道さえも心地よい、札幌駅からの不揃いな行進

JR札幌駅の北口。指先に触れる金属の手すりが、九月の湿った空気を含んでひんやりと冷たい。誰かが「こっちだって」とスマホの画面を指差して笑っているけれど、結局みんなバラバラの方向を向いている。ガタガタと鳴るスーツケースの走行音がコンクリートに反響し、賑やかな話し声が混ざり合って、心地よい不協和音を奏でていた。「本当にこの道で合ってる?」という不安げな声に、「大丈夫、なんとかなるよ」と根拠のない自信で返す。誰かが荷物をぶつけ合い、誰かが小さくため息をつく。それでも、目的地に最短距離で着くことよりも、誰が一番迷うかというどうでもいい競争に夢中な私たちは、不完全な始まり方こそが旅の正しい作法なのだと確信していた。秋の気配を孕んだ風が、私たちの期待を煽るように頬を撫でて通り過ぎていく。

銀色の波に誘われて、正解のない賭けに興じる

窓の外を流れるススキの群生が、秋の風に吹かれて銀色の波となって揺れている。まるで大地に巨大な筆で白い線を引いたかのような、圧倒的な静寂と光の風景だ。途中でふいに見つけた路地裏の小さな店。そこには、焼きたての菓子の香ばしい匂いと、店主の穏やかな微笑みが待っていた。私たちは正体不明の秋限定菓子を買い込み、「誰が一番『変な味』だと思うか」で賭けを始めた。「絶対これ、栗じゃないよね?」という疑心暗鬼な囁きと、口の中に広がる甘酸っぱい未知の風味。結果的に全員が「正解は分からないけれど、まあいいか」と笑い合った。計画にない寄り道こそが、この旅の本当の地図になる。目的地に向かう直線的な時間ではなく、あちこちで足踏みをする時間のほうが、ずっと深く記憶に刻まれる気がした。そんな、正解のない時間こそが、私たちを本当の意味で結びつけてくれる。

甘い香りに包まれて、水と夢に溶ける時間

シャトレーゼ ガトーキングダム サッポロのロビーに足を踏み入れた瞬間、濃密なバニラの香りが肺の奥まで満たされた。空間があまりに広くて、私たちの笑い声が天井に当たって、ほんの少し遅れて戻ってくる。その残響が、まるでこの場所が私たちの騒がしさを歓迎しているみたいに聞こえた。信じられないと思うけれど、この開放的な空間に身を置くと、普段は隠している本音が、ふっと口をついて出る。私たちはそこで、次の目的地のことではなく、さっきの菓子の味について、また激しく議論し始めた。

ゲストルームに入った瞬間、誰が一番にベッドにダイブするかという、くだらない競争が始まった。裸足で踏んだカーペットの厚みが、歩くたびに足首を優しく飲み込んでいく。その柔らかな感触に、ようやく「旅に来た」という実感が、ゆっくりと身体に染み込んでいった。壁に触れると、かすかにひんやりとした温度があって、外の秋の気配を思い出させる。

プールのエリアは、視界のすべてが深い青に塗りつぶされている。水面に反射した光が天井でゆらゆらと踊っていて、それを眺めているだけで、時間の感覚が少しずつずれていく。歩行浴のぬるま湯に浸かりながら、私たちは「人生の正解」なんていう大げさな話ではなく、「次に何を食べるか」という切実な問題について熱く語り合った。水の中で体が軽くなる感覚は、日常で抱えていた見えない重荷を、一時的にどこかへ預けておける心地よさがある。もしかすると、この浮遊感こそが、私たちが本当に求めていたものだったのかもしれない。

温泉のタイルは、想像していたよりもずっと温かくて、指先から緊張がほどけていく。湯気に包まれて、隣で誰かが「あー、最高」と、わざとらしく大きな声を出す。そんな、気取らないやり取りが心地いい。誰かがお湯に浸かりすぎて顔が真っ赤になっているのを、みんなで遠慮なくツッコむ。そういう、かっこ悪い部分をさらけ出せる関係こそが、この旅の本当の収穫なのだろう。

そして、待ちに待ったバイキングの時間。目の前に並ぶ色とりどりのケーキたち。北海道産のミルクをたっぷり使ったプリンの、舌の上でゆっくりと溶ける濃厚な重み。フォークが皿に当たる小さな音と、絶え間ないお喋り。誰かがクリームを鼻につけていて、それを全力で笑い飛ばす。そんな、なんてことない瞬間が、実は一番贅沢なことかもしれない。正直なところ、私たちは特別な景色を見たかったのではなく、ただ一緒に笑い合える場所が欲しかっただけなのだと思う。

結局、誰が一番に寝落ちするかという賭けに、私は負けた。けれど、心地よい疲労感の中で意識が遠のいていくとき、隣から聞こえる友人の静かな寝息が、どんな音楽よりも心地よく響いていた。

窓の外では、秋の夜風が静かにススキを揺らしていた。

  • ケーキバイキングでは、迷わず全部試すくらいの心意気で。
  • プールの青い光の中で、あえて何もしない時間を過ごしてみて。