← 戻る 函館国際ホテル

冷たい風の匂いと、笑いすぎたあとの静寂

函館駅から徒歩八分。誰が先に道を間違えるか賭けたけれど、結果的に全員で同じ方向へ迷い込んだ。頬を叩く風は針のように鋭く、鼻の頭がツンと赤くなるのがわかる。潮の香りが混じった冬の入り口のような冷たい空気に、誰かの笑い声が白く溶けていった。


朝食バイキングの喧騒の中、いくらを盛りすぎて白いご飯が完全に消えた丼を完成させた。スプーンが皿に当たるカチカチという乾いた音。口の中で弾ける粒の温度はまだ少し冷たく、濃厚な海の味が舌の上で踊る。お腹がいっぱいになると、心地よい倦怠感が波のように押し寄せ、会話の間隔がゆっくりと凪いでいった。
「十月の北海道をなめてたでしょ」と、薄いカーディガン一枚で小刻みに震えている友人を笑った。けれど僕だって、冷え切った指先でスマートフォンの画面を操作できず、もどかしさに溜息をつく。お互いの準備不足を軽口で叩き合いながら、結局は誰かが貸してくれた大きすぎるウールのストールに、三人でぎゅうぎゅうに潜り込んだ。
ホテルの部屋でこっそりハロウィンの小道具を出し合い、誰が一番不気味な顔をできるか競い合った。真剣に怖がろうとする歪んだ表情が、客観的に見るとひどく滑稽で、腹筋が痛くなるほど笑った。結局、この旅で一番恐ろしかったのは、チェックアウト直前の財布の中身だったという結論に辿り着いた。
ラウンジの隅で、読みかけの本を開く。ページをめくる指先のカサカサした乾いた音と、かすかに漂う古い紙の匂い。外の喧騒が遠い波音のように聞こえ、自分だけが別の時間軸に迷い込んだような錯覚に陥る。誰とも喋らなくていい、けれど誰かが近くにいる。その絶妙な空白が、心地よい繭のように僕を包んでいた。
天然温泉展望大浴場のタイルの温度。裸足で踏んだ瞬間、ひんやりとした感触が足裏から脳まで突き抜けた。湯船に身を沈めると、重力から解放されて、体が温かな液体に溶けていく。窓の外に広がる函館の街灯りが、誰かが夜空に散りばめた宝石のように、残酷なほど綺麗に輝いていた。
スカイラウンジバーで頼んだ、名前も分からない深い青色のカクテル。氷がグラスに当たるチリンという高い音が、静かな夜に心地よく響く。眼下に広がる夜景を眺めながら、とりとめもない未来の話をした。答えの出ない問いばかりだったけれど、その不確かさが、今の僕たちにはちょうどいいリズムだった。
スーツケースのジッパーを閉める時の、あの強い抵抗感。詰め込みすぎたお土産と、旅の記憶で少しだけ軽くなった心。函館国際ホテルのロビーを出たとき、夜気はさらに澄み渡っていた。振り返ると、函館国際ホテルのシルエットが深い闇に静かに溶け込み、僕たちの時間をそっと閉じ込めたようだった。

誰かの笑い声が、まだ耳の奥で小さく、温かく響いている。

  • 朝食のいくら盛りは、お腹の限界まで挑戦してほしい。
  • 展望温泉から見る夜景は、あえて誰とも喋らずに眺めるのが正解。