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秘密の通路は、思ったより短かった

秘密の通路は、思ったより短かった

裸足で踏みしめたカーペットの、指の間まで心地よく飲み込むような深い厚み。リネンの清潔な香りが鼻をくすぐる。下の子が「秘密の道を発見した!」と歓声を上げ、ベッドルームからスパリビングへと続くあの狭い通路に、弾むように飛び込んでいった。大人は「危ないよ」と口では言いながらも、その瞳に宿る冒険心に、つい微笑んでしまう。狭い空間を通り抜けた瞬間に、視界がパッと開けて広がるリビングの開放感。ひんやりとした廊下から、温もりのある空間への温度差に、ふっと呼吸が深くなる。完璧な静寂なんてなくていい。この賑やかさこそが、今の私たちの輪郭なのだと思う。



湯船に肩まで浸かり、耳までお湯に潜らせた瞬間、世界からすべての音が消え、心地よい静寂が訪れる。函館大沼 鶴雅リゾート エプイの温泉露天風呂で、リビングで騒ぐ子供たちの遠い気配をBGMに、ただ水の重みと抱擁感に身を任せていた。肌にまとわりつくしっとりとした湯気の温度。日々の喧騒で凝り固まっていたはずの緊張が、森の深い緑に溶け出すように、ゆっくりとほどけていく。「ああ、いま私はここにいていいんだ」という、静かな肯定感。孤独ではないけれど、完全に一人になれる贅沢な時間が、ここには静かに用意されていた。


オーディオルームに満ちる、身体の芯まで震わせる低音の響き。空気が密に震える感覚が、胸のあたりまで心地よく届く。窓の外では六月の雨が、庭の青々とした葉を叩く不規則なリズムを刻んでいた。それは静寂というよりも、世界が奏でる心地よいノイズに包まれている感覚に近い。上の子が「この音、心臓の音みたいだね」と小さく呟いたとき、私たちはわざと口を閉じ、その鼓動のようなリズムに耳を澄ませた。言葉を交わさない時間があることで、かえって互いの存在が近くにあることが、肌で伝わってくる。


地域の食材をふんだんに使った料理が運ばれてくる。口に運んだ瞬間、大地の力強さを湛えた野菜の甘みが、じわりと広がった。洗練されているけれど、どこか不器用で素朴な、土の香りがする味。子供たちが「これ、お家の野菜と全然違う!」と目を輝かせ、頬張る様子を見ていると、胃袋だけではなく、心まで満たされていく。美味しいものを共有するということは、同じ時間を、同じ空気を吸って生きているという、静かな確認作業なのかもしれない。


窓ガラスに張り付いた雨粒が、外の光を小さく屈折させていた。プリズムのように分かれた淡い色が、リビングの白い壁に幻想的な模様を描き出している。夕暮れ時、庭にぽつぽつと灯りがともると、光と影の境界線が曖昧になり、どこまでがホテルの空間で、どこからが深い森なのか分からなくなる。その境界の曖昧さが、不思議と深い安心感をくれた。正解のない旅だからこそ、このぼんやりとした光の粒子の中に身を置くことが、何よりも心地よかった。


ワーケーションルームに備え付けられていたリングライト。本来は仕事のための道具なのだろうけれど、下の子がそれをひょいと頭に乗せ、「私は光の天使!」と部屋中を走り回っていた。静謐で真面目な空間に、場違いな光の輪が軽やかに踊っている。その滑稽さと、計算できない愛おしさに、家族全員で思わず吹き出した。予定通りにいかないこと、想定外の使い方が生まれること。そういう人生の「隙間」があるからこそ、旅の記憶は鮮やかに刻まれる。


ラウンジの深いソファに、家族全員でゆっくりと沈み込む。誰一人として言葉を発していないけれど、肩や足が触れ合う距離から、お互いの体温がじんわりと伝わってくる。外はもう深い闇に包まれ、六月のしっとりとした夜気が、窓越しにこちらを覗き込んでいた。足りないものを探して埋めるのではなく、今ここにある静けさを、ただ分かち合っている。そんな感覚。私たちはただ、そこに在ることを、互いに許し合っていた。

濡れた紫陽花の色が、まぶたの裏に静かに残っていた。

  • 子供と一緒に「秘密の通路」を何度も往復して、家族だけの合言葉を決めてみること。
  • 雨の日こそ、ラウンジのソファで、あえて何もしない時間を家族で共有してみること。