← 戻る 函館大沼 鶴雅リゾート エプイ

濡れた砂利を踏む音だけが、やけに大きく聞こえた

濡れた砂利を踏む音だけが、やけに大きく聞こえた

誰が予約したっけ、という騒動から始まった旅

9月の北海道。駅のホームに降り立った瞬間、肺の奥まで突き刺さるような冷たい空気が入り込み、不意に小さな咳が出た。誰かが引く大きなスーツケースが、ガタガタと不協和音を立てて砂利道を転がっていく。その振動が足裏まで伝わってくるほど、空気は澄み渡っていた。「予約メール、誰のスマホに入ってたっけ?」そんなくだらない言い争いと、それに混じる弾んだ笑い声が、静かな町に響く。私たちは、そんな心地よい混沌を抱えたまま「函館大沼 鶴雅リゾート エプイ」へと向かった。歩いて5分という距離さえ、4人で肩を寄せ合って歩けば、未知の領土へ踏み出す大冒険のように感じられた。エントランスを抜けた瞬間、外の湿った風とは違う、深く落ち着いたシダーの香りが鼻をくすぐる。そこには、私たちの騒々しさとは正反対の、静謐で端正な森の時間が、琥珀色の光と共に流れていた。

この場所が私たちに教えてくれた4つのこと

「上質」に馴染むまでの時間
ロビーの重厚なアンティーク家具と、空間を柔らかく包み込む間接照明に圧倒され、最初は誰もが借り物の言葉を使うように声を潜めていた。「ここ、すごいね」と囁き合う私たちは、どこか緊張していた。けれど、15分後には誰かが言い出したくだらない冗談で、結局いつもの騒がしさに戻っていた。気取った空間に自分たちを合わせるより、自分たちの体温でその空間を塗り替えていく方が、ずっと心地いいということ。

ワーケーションルームという絶妙な距離感
スパリビング付きの広々とした空間は、大人が4人で過ごすには十分なはずだった。けれど、映画を観ようと集まれば不思議と心地よい狭さを感じる。プロジェクターの光が壁に踊り、誰かが誰かの足を踏み、また笑い合う。贅沢な設備や広さよりも、結局心地よさを決めるのは、隣にいる人の体温と、ちょうどいいくらいの密着感なのだと気づかされた。

庭にある「器」の正体
ガーデンに点在するボウル状のオブジェを見て、誰かが「ここにお料理が出てくるのかな」と本気で言い出した。その突飛な想像に、私たちは真剣に議論し、期待に胸を膨らませて歩き回った。結果はただの植物の配置だったが、その勘違いのおかげで、私たちは誰よりも熱心に庭の隅々まで探索した。正解を求める旅より、心地よい誤解に身を任せる方が、ずっと心躍るということ。

半径50マイルの味がすること
地元の食材をふんだんに使ったコース料理を口にしたとき、大沼の土や風、湖の冷たさをそのまま食べているような気がした。凝った味付けというより、素材が持っている本来の温度や生命力がダイレクトに伝わってくる。美味しいものを共有し、「美味しいね」と言い合える相手が隣にいることの、単純で贅沢な幸福感。それは、どんな高級な調味料よりも心を豊かにしてくれた。

リストの外側にあった、銀色の静寂

計画していた観光ルートや、チェックリストに書き込んだ予定なんて、もうどうでもよくなった。夜、ホテルのテラスに出ると、そこには予定になかった巨大な月と、風に波打つススキの海が広がっていた。それまでずっと誰かが喋っていたのに、ふと全員が黙った瞬間があった。その静寂は、冷たい水に一滴のインクを落としたときのように、ゆっくりと、でも確実に私たちの間に広がっていった。個々の騒がしさが夜の闇に溶け合い、境界線が曖昧になり、一つの心地よい温度に変わっていく感覚。誰かが「綺麗だね」と小さく呟いた声が、ひんやりとした夜気に吸い込まれていった。私たちはただ、そこにいた。何かを解決しようとしたり、意味を探したりすることなく、ただ同じ景色を共有しているという事実だけが、心地よい重みを持って胸に溜まった。森の呼吸と湖の気配に包まれながら、言葉を介さずに心を通わせる。そんな、何の意味もない時間が、この旅で得た何よりも贅沢な体験だったのかもしれない。

シダーの香りと、誰かがこぼした笑い声だけが、夜風に溶けていた。

  • 大沼公園駅からホテルまで、あえてゆっくりと秋の気配を眺めながら歩いてみてほしい。
  • 庭の「器」を探しながら、自分たちだけの正解を見つける散歩を提案する。