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茶色の湯気と、片方だけの靴下

茶色の湯気と、片方だけの靴下

08:00, 凛冽な空気と青いコップの喧騒

鼻の奥をツンと刺す、10月の帯広の朝。カーテンを勢いよく開けた瞬間、部屋に流れ込んできたのは、想像を遥かに超える鋭い冷気だった。肌が小さく粟立つほどの冷たさと、どこか澄んだ冬の予感が混じった香りが、眠っていた意識を強引に引きずり出す。リビングでは、上の子が「今日はどっちの靴下を履くか」という人生最大の難問に直面して5分ほど悩み、下の子が「僕、青いコップがいい!」と、静寂を切り裂くような高い声で叫んでいる。旅のしおりに丁寧に書き込んだ「優雅な朝食」という計画は、もうどこか遠い空へと飛んでいった。けれど、裸足で踏みしめた畳のひんやりとした、けれどどこか懐かしい感触が、心地よく心を落ち着かせてくれる。帯広リゾートホテルの広々とした和室は、子供たちがどれだけ身を乗り出して騒いでも、空間に十分な余白がある。その物理的なゆとりが、親である私の心に、ほんの少しだけの寛容さをくれた。もしかしたら、旅の正解とは、完璧な計画を遂行することではなく、この愛おしい混乱に身を任せることなのかもしれない。

14:00, 白い幹の回廊と、畳の上に描かれた地図

車で数分、白樺並木に降り立ったとき、視界に飛び込んできたのは、目に痛いほどの純白だった。突き抜けるような空の青と、白樺の真っ白な幹、そして足元に散らばる燃えるような赤や黄色の葉。風が吹き抜けるたびに、カサカサと乾いた音が耳を撫で、秋の深まりを告げている。上の子は「最高の写真が撮れるから止まって!」と小さな監督のように指示を出し、下の子は道端に転がる何の変哲もない石ころに心を奪われていた。結局、予定していた散策ルートの半分も歩かずに、家族全員で「もう疲れた」と口を揃えた。ホテルに戻ると、子供たちはそのまま畳の上に大の字にひっくり返り、深い眠りに落ちていった。散らばったおもちゃと、脱ぎ捨てられた靴下が、まるで誰が描いたかもわからない不思議な冒険地図のように部屋いっぱいに広がっている。その光景を眺めながら、私は冷えた指先を温かいほうじ茶の湯気で温めていた。秋の葉がゆっくりと丸まり、重力に身を任せて舞い落ちるように、私たちの中にある「親としてちゃんとしなきゃ」という凝り固まった緊張感も、静かに剥がれ落ちていった気がした。

19:00, 茶褐色の抱擁と古い紙の匂い

モール温泉に身を沈めた瞬間、視界を染めたのは、濃厚で神秘的な茶褐色の湯だった。それは単なるお湯というよりも、太古から蓄積された大地の記憶が溶け出した、温かい液体の抱擁に包まれている感覚に近い。指先を滑るぬるぬるとした独特の質感は、肌に薄いヴェールを張ってくれる。下の子が「見て!チョコミルクみたい!」とはしゃいで、お湯をバシャバシャと跳ね上げている。普通のホテルなら焦ってしまう場面だが、ここではその賑やかさが、どこか懐かしい銭湯のような安心感に変わる。湯上がり、浴衣の袖をぶかぶかにさせた子供たちが、コミックコーナーで夢中でページをめくっていた。古い紙の乾いた匂いと、時折聞こえる「えーっ!」という驚きの声。豪華な設備があることよりも、こういう、日常の隙間に落ちたような何気ない時間が、旅の記憶に深く、濃く刻み込まれる。誰にも邪魔されず、ただ好きな物語に没頭する。そんな単純で贅沢な快楽こそが、今の私たちに一番必要だったのかもしれない。

22:00, 静寂の重みと十勝の星屑

子供たちが畳の上の布団に深く潜り込み、規則正しい寝息を立て始めた。部屋に訪れた急な静寂は、昼間の喧騒が嘘のように重く、けれど包み込むように温かい。隣に座るパートナーと、言葉を交わすことなく、ただ窓の外に広がる十勝の夜空を眺める。Obihiro Resort Hotelの静謐な空間から見上げる星々は、手の届きそうな距離にあり、一つひとつが鋭い光の針のように夜の闇を刺していた。今日一日、どれだけ予定が狂い、どれだけ子供たちに振り回されたことか。けれど、不思議と後悔はない。むしろ、靴下の片方を失くして家中を探し回った時間や、温泉でチョコミルクに例えて笑い合った瞬間こそが、この旅の本当の価値だったと感じる。不完全であることは、欠けていることではなく、そこに誰かが入り込む余地があるということだ。十勝の深い夜に抱かれながら、私はこの心地よい疲労感に身を委ね、明日への期待を静かに膨らませていた。

明日、目が覚めたら、まずはあの一枚の靴下を一緒に探そう。

  • モール温泉で肌を潤した後は、ぜひコミックコーナーで、お子様と一緒に「運命の一冊」を探して時間を忘れてみてください。
  • 白樺並木へは、あえて時計を見ず、子供が石ころに興味を持った分だけ、ゆっくりと歩くのが正解です。