← 戻る 伊香保温泉 心に咲く花 古久家

浴衣の袖をぎゅっと掴んでいた、小さな手の温度

浴衣の袖をぎゅっと掴んでいた、小さな手の温度

ロビーの隅で、次男が不意に足を止めた。床に落ちていた、誰のものかもわからない小さな手作りのこけし。それを拾い上げようとして指先が触れた瞬間の、ひんやりとした木の質感。私たちはそこで、この旅が「計画通りにはいかないこと」を予感した。だって、チェックイン前からもう、上の子は浴衣の色で言い争い始めていたから。でも、そんな小さな混乱こそが、旅の本当の始まりなのだという気がする。

灰色の冬空に、鮮やかに溶け出した色たち

伊香保温泉 心に咲く花 古久家のロビーに足を踏み入れたとき、まず目に飛び込んできたのは、天井から揺れる色とりどりの吊るし飾りだった。1月の外気は刺すように冷たく、景色はどこか灰色に塗りつぶされていたけれど、館内の色彩だけは驚くほど鮮やかで。子供たちはその飾りに釘付けになり、小さな指でそっと触れようとしていた。その後、私たちは色浴衣を選んだ。上の子は「一番派手なのがいい」と主張し、下の子は迷った末に、自分の好きな色ではなく、お兄ちゃんと同じ色を選んだ。その小さな妥協がなんだか愛おしくて。鏡の前で、いつもより少しだけ大人びた格好をした子供たちが、照れくさそうに笑い合っている。その光景は、冬の静寂の中にぽっと灯った小さな明かりのような、そんな温かさを帯びていたのかもしれない。


石段に刻まれる、不揃いなリズムの足音

旅館から石段街まで歩く時間は、わずか2分。けれど、家族で歩くその2分は、一人で歩く1時間よりもずっと濃密な時間に感じられた。カラン、コロン。下駄が石を叩く乾いた音が、冷たい空気に吸い込まれていく。子供たちは慣れない下駄に苦戦し、歩き方が不自然にゆっくりになった。まるでペンギンが歩いているみたいに、左右にゆらゆらと揺れている。その不揃いなリズムが、心地よい音楽のように耳に届く。ふと、次男が「お湯はどこから来るの?」と問いかけた。私たちは答えに詰まり、ただ一緒に空を見上げた。正解を出すことよりも、一緒に「わからないね」と笑い合えることの方が、ずっと価値がある気がする。誰かが笑えば、それが連鎖して、いつの間にか道端の知らない誰かとまで、小さく会釈を交わしていた。音が、人と人を緩やかに繋いでいく感覚だった。


黄金色の湯に、ほどけていく心と身体

客室の露天風呂に浸かったとき、まず感じたのは、肌にまとわりつくような濃厚な湯の温度だった。ここの「黄金の湯」は、ただ温かいだけではなく、身体の芯までじっくりと浸透してくるような、不思議な重みがある。冷え切った指先が、ゆっくりと熱を取り戻していく。隣では子供たちが、お湯の中で誰が一番長く潜れるかという、どうでもいい競争に熱中していた。水しぶきが上がり、笑い声が湯気に混ざって舞い上がる。畳の上に脱ぎ捨てられた浴衣の柔らかな感触と、裸足で踏みしめたタイルのひんやりとした温度。そのコントラストが、今自分がここにいるという実感を、皮膚を通して教えてくれる。完璧に静かな時間ではないけれど、この騒がしさこそが、今の私たちにとっての「安らぎ」なのだと気づかされた。身体の緊張がほどけるのと同時に、心の中にあった小さな強張りも、一緒に溶け出したような気がした。


湯気の向こう側で、分かち合った濃厚な時間

夕食に運ばれてきた上州牛のすき焼きは、見た目からして圧倒的だった。鍋から立ち昇る真っ白な湯気が、眼鏡を曇らせ、視界をぼんやりとさせる。けれど、そのぼやけた視界の中で、家族が一つの鍋を囲んでいるという事実に、言いようのない安心感を覚えた。肉を一口食べた瞬間、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がり、冷えていた身体が内側からじわじわと熱くなる。上の子は、肉が大きすぎて口に入り切らずに格闘しており、下の子は、炊きたての釜飯の香りに、もう我慢できない様子で箸を動かしていた。普段なら「行儀よく食べなさい」と注意するところだけれど、ここではその乱雑ささえも、旅の彩りに見えた。美味しいものを食べたときの、あの単純で純粋な喜び。それを家族全員で同時に味わうことは、どんな贅沢な設備よりも、心を満たしてくれる。お腹がいっぱいになると、自然と会話が緩やかになり、心地よい眠気がゆっくりと降りてきた。


硫黄の香りと、静かに流れる珈琲の記憶

翌朝、少し早起きして向かったのは「珈琲亭」のラウンジだった。館内には、温泉特有の硫黄の香りがかすかに漂っている。それは、ここが日常とは切り離された場所であることを思い出させる、某種の合図のように感じられた。丁寧にハンドドリップされたコーヒーの香ばしい匂いが、冷たい朝の空気に混ざり合い、意識をゆっくりと覚醒させていく。子供たちは抹茶と和菓子に夢中で、口の周りにあんこをつけて笑っていた。窓の外には、冬の澄んだ光に照らされた伊香保の街並みが広がっている。特別なことは何も起きなかったけれど、ただそこにいて、同じ空気を吸い、同じ香りに包まれている。そのことが、とても贅沢なことのように思えた。人生において、本当に必要なのは、こういう名もなき時間なのかもしれない。私たちは、急いでチェックアウトするのではなく、あえてゆっくりと、最後の一口までコーヒーを味わった。


玄関を出て振り返ると、旅館の暖簾が冬の風に静かに揺れていた。
  • 子供と一緒に色浴衣を選び、石段街をゆっくりと散歩して、あえて迷子のような時間を楽しんでみてください。
  • 黄金の湯に浸かった後は、ラウンジでハンドドリップのコーヒーを飲みながら、何もしない時間を共有することをお勧めします。