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氷が溶ける音と、誰かの笑い声

氷が溶ける音と、誰かの笑い声

5年後の僕たちへ。あの8月の、肌にまとわりつくような湿気と、止まらない笑い声を覚えているかな。伊東園ホテルのロビーで、誰が一番に迷子になるか賭けていたあの頃の僕たちが、今の君に大切な何かを思い出させてくれる気がする。

5年後もきっと、鮮明に思い出しているはずのこと

畳の香りと、布団の距離感。
川側の客室に足を踏み入れた瞬間、い草の乾いた香りと窓の外から聞こえるせせらぎが、僕たちの喧騒を優しく包み込んでくれた。夕暮れ時の淡い光が畳に落ち、僕たちの影が長く伸びていた。大人が集まって狭い和室に身を寄せ合うと、普段は意識しない相手の体温や不器用な呼吸が心地よい重みを持って伝わり、「誰がどこで寝るか」で30分も言い合いをしたあのくだらない時間こそが、実は一番の贅沢だった。

湯気に溶けていった、あの日の強がり。
天然温泉掛け流しの湯船に身を委ねると、都会で張り詰めていた「ちゃんとした大人」の皮が、温水に馴染む塩のようにゆっくりと剥がれ落ちていく。湯気で視界が白く滲み、肌が柔らかくほどけていく感覚の中で、僕たちは初めて飾らない言葉で本音を話し合えた気がする。「本当は疲れてたんだよ」という誰かの呟きが、温泉特有のわずかな香りと共に、心地よい静寂に溶けていった。

帯の結び方で大パニックになった夜。
浴衣の帯を正しく結べる人間が一人もいなかったあの不格好な姿を、竹あかりの柔らかな光が幻想的に照らしていた。スマホの画面を囲んで三人で格闘し、「もうこれでいいよ、芸術的だし」と強引に締め上げたあの歪な形。そのまま盆踊りの輪に飛び込んだとき、夜風が浴衣の裾を揺らし、遠くで鳴る太鼓の音が心拍数と重なって、周りの視線なんてどうでもよくなるほどの解放感に浸っていた。

朝7時のバイキングでの、静かな戦争。
まだ意識が半分眠っている状態で、地元の新鮮な果物を誰が一番多く皿に盛るかという、口に出さないバトルを繰り広げた。冷たいスイカの果汁が口いっぱいに広がった瞬間、「あぁ、僕たちは今、間違いなくここにいるんだ」という強烈な実感が、胃袋から突き上げてきた。窓から差し込む眩しい朝陽が、賑やかな食堂の喧騒を白く塗りつぶし、二皿目を盛っていた僕たちの食いしん坊っぷりを照らしていた。

5年後の記憶の底から、ふわりと浮き上がってくるもの

5年後、この記憶のページをふと開いたとき、祭りの喧騒は淡い色に変わっているかもしれない。けれど、伊東園ホテルの廊下を裸足で歩いたときの、あのひんやりとしたタイルの感触や、深夜3時に誰かがこっそり開けたポテトチップスの袋の音だけは、驚くほど鮮明に残っているはずだ。人生を変える大事件よりも、取るに足らない小さな心地よさこそが、一番深く心に突き刺さる。あの時共有した、沈黙さえも心地よいという名前のない安心感は、きっと5年後の僕たちにとっても、何にも代えがたいお守りになるだろう。

脱ぎ捨てられたサンダルが、二足、並んで転がっていた。

  • 駅からホテルまでの道中、あえてスマホを閉じて、伊豆の潮風の匂いを数えてみて。
  • お風呂上がりには、一番冷たい飲み物を、一番ゆっくりと味わい尽くしてほしい。