「ねえ、私たちにこの部屋、贅沢すぎない?」
「ちょっと待って、ここ本当に私たちの部屋? 誰か予約間違えたんじゃないの」
誰かが声を上げた瞬間、全員が同時に吹き出した。糊のきいた浴衣の襟をいじりながら、私たちは互いの顔を見合わせる。
「だって見てよ、この広さ。私たちみたいな騒がしいグループがここにいていいのか、正直不安なんだけど」
「いいじゃん、たまには。っていうか、誰が一番最初にこの空間にふさわしくない行動をするか賭けない?」
「あ、もう始まった。絶対あなたでしょ。さっきから畳の縁を踏みそうな勢いだし」
「失礼だな! でも見て、この天井の高さ。声が響きすぎて、私たちの下品な笑い声が全部保存されそう」
そんなくだらない会話が、い草の香る畳の上に転がるように広がっていく。誰かがわざと大げさに寝転び、「あー、貴族になったー!」と叫んだ。その声が、静かな離れの空間に心地よく反響して、私たちはまた、どうしようもないほど笑った。
静寂が輪郭を持つ、青の聖域
首筋に触れる二月の風は、薄い刃物のように鋭く、けれどどこか清々しい。絶景の離れの宿 月のうさぎに足を踏み入れたとき、まず耳に飛び込んできたのは、波の音ではなく「静寂の密度」だった。三千坪という広大な敷地にわずか八棟。隣の気配が遠いということは、自分の呼吸の音が、あるいは友人たちの笑い声が、そのまま空間の主役になれるということなのだろう。
私たちが案内されたのは、木の温もりに包まれた平屋タイプの離れだった。裸足で踏みしめた床は、冬の冷たさを孕みながらも、どこか懐かしいぬくもりを伝えてくる。アンティークの家具が配された室内は、和の趣にアジアの風が混ざり合い、不思議と肩の力が抜ける。視線を上げれば、大きな窓の向こうに伊豆大島が、深い青の海に浮かんで静かにこちらを見つめていた。空と海の境界線が曖昧になる時間帯、世界がすべて濃い青のインクに染まっていくような感覚に陥る。
一番の贅沢は、庭の緑に溶け込むように配置された露天風呂だった。冷気にさらされた肌に、熱い湯が触れた瞬間、身体の芯まで強い圧力がかかった気がした。それは、硬く閉じていた心を無理やりこじ開けるような、激しいけれど心地よい刺激だ。湯気とともに立ち上る硫黄の香りが鼻腔をくすぐり、肩まで浸かってふっと息を吐き出すと、白い吐息が夜の闇に溶けて消えていった。肌に張り付く熱い液体の抱擁に身を任せていると、日常の小さな悩みや、誰にも言えなかった不安が、お湯の温度に溶かされていく。
夕食に運ばれてきた金目鯛の煮付けは、視覚的な鮮やかさ以上に、味の輪郭がはっきりしていた。甘辛いタレが絡んだ身を口に運ぶと、濃厚な脂が舌の上でゆっくりとほどけ、深いコクが喉の奥へと流れていく。地元の新鮮な食材たちが、それぞれが持つ本来の声を上げている。ふじやま和牛の香ばしさは、鼻から抜ける香りが心地よく、一口ごとに身体が内側から温まっていくのがわかった。食事処の竹林を抜ける風の音が、心地よいBGMのように静かに寄り添っていた。
湯上がりの、少しだけ本当のこと
「……まあ、実際は最高だったね」
深夜二時。部屋の明かりを落とし、琥珀色の間接照明だけが灯る中で、二人だけが残った。畳の上に寝転がり、天井を見上げながら、誰が先に口を開くかという静かな競争が続いていた。
「うん。あんなに笑ったの、久しぶりかもしれない」
「あなた、お風呂で滑って変な声出したとき、本気で笑ったからね」
「うるさいな。……でも、こういう時間、たまには必要だよね。誰にも気を使わなくていい、ただそこにいていいっていう感じ」
「そうだね。私たち、結構不器用だけど、まあ、これでいいんじゃないかな」
互いの視線がぶつかり、また小さく笑い合う。昼間の騒がしさが嘘のように、今はただ、遠くで鳴る波の音と、お互いの穏やかな呼吸だけが聞こえていた。言葉にしなくても、今のこの静けさが、何よりも確かな答えであるという気がした。
窓の外では、月が静かに海を照らし、銀色の道を作っていた。
- 二月の冷たい空気に包まれながら、伊東の梅まつりで早春の香りを集めてみてほしい
- 金目鯛の濃厚な味わいと、露天風呂から望む伊豆大島の絶景をセットで堪能してほしい