← 戻る 敷島定山渓別邸

湯気の中で、小さな手が指を絡めてきた

湯気の中で、小さな手が指を絡めてきた

家族の輪郭が柔らかく溶け合った、5つの記憶

ぶかぶかの浴衣
糊のきいた綿の少し硬い感触と、洗いたての清潔な石鹸の匂い。次男が袖をひらひらさせて廊下を走るたび、裾が床を擦る「シュッ、シュッ」という乾いた音が、静かな館内に心地よいリズムを刻んでいた。「見て、マントみたい!」とはしゃぐ息遣い。大人の真似をして背伸びをしていたけれど、結局は自分のサイズに振り回されている。その不格好な愛らしさが、見ているこちらの心まで解きほぐしていく。完璧にフィットするものより、少しだけ余裕がある空間の方が、人は素直になれるのかもしれない。この微笑ましい光景に一番に気づき、声を上げて笑ったのは次男自身だった。

窓ガラスの結露に描いた笑顔
指先が触れた瞬間に伝わる、ひんやりとした拒絶のような温度。けれど、そこに指で丸を描くと、あっという間に白く濁った世界に小さな透明な窓が開く。長女がそこに描いたのは、少し歪な形の笑顔だった。外では11月の冷たい雨が紅葉を濡らし、深い朱色の森がしっとりと沈んでいたけれど、ガラス一枚隔てたこちら側には、家族の体温が濃密に充満している。外の寒さが厳しければ厳しいほど、この薄い膜のような結露が、私たちを外界から守る優しい境界線のように感じられた。この真っ白な「キャンバス」を最初に見つけたのは、好奇心旺盛な長女だった。

木の桶が立てる乾いた音
温泉の湯面に落ちる水の音は、どこか遠い記憶を呼び起こすような、深く、澄んだ響きがある。立ち上る白い湯気が視界を柔らかく包み込み、硫黄の香りが心身をゆっくりと弛緩させていく。次男が桶にたっぷりと水を汲んで、わざと足元にぶちまけた時の「バシャッ」という乱暴で、けれど純粋な音。静寂を美徳とする隠れ家のような空間で、その音だけが鮮やかに跳ねていた。大人はつい「静かにしなさい」と口にしてしまうけれど、その瞬間、私たちはただ一緒に笑っていた。その音の快活さに気づき、一番に吹き出したのは、日々の忙しさに疲れ果てていたはずの私だった。

ラウンジの琥珀色のティー
カップから立ち上る白く細い湯気が、視界をゆっくりと幻想的に染めていく。お茶の表面に反射するオレンジ色の間接照明が、まるで小さな太陽のように静かに揺れていた。子供たちが深い眠りに落ちた後、夫婦で並んで座った敷島定山渓別邸のラウンジのソファは、身体が深く沈み込むような圧倒的な安心感があった。言葉を交わさなくても、お互いの呼吸のテンポが自然と揃っていく感覚。静寂とは、何もないことではなく、心地よい周波数で満たされている状態のことなのだと思う。この静かな充足感に、最初に気づいたのは夫だった。

靴底に張り付いた濡れた落ち葉
ホテルを出て、冷たい外気に触れた瞬間に肺の奥まで洗われるような、鋭く澄んだ感覚。ふと足元を見ると、一枚の真っ赤な落ち葉が、しっとりと靴底に張り付いていた。それはまるで、この場所が「またおいで」と残してくれた小さな栞のようだった。11月の定山渓の空気は、肌を刺すように冷たい。けれど、その冷たさがあるからこそ、敷島定山渓別邸で過ごした時間の温もりが、身体の芯に深く、鮮やかに刻まれている。この小さな「忘れ物」に気づき、嬉しそうに指差したのは、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていた長女だった。

心に灯った温かな余韻を抱いて、私たちは日常という名の旅路へ戻っていく。

  • 子供が浴衣をマントにして走り回っても、ただ微笑んでいられる心の余白を持って訪れてほしい。
  • チェックアウト後、あえてすぐに車に戻らず、定山渓の冷たい空気の中で深く呼吸することを勧める。