← 戻る リゾートイン芙蓉 / Resort Inn Fuyo - Hotel with Mt. Fuji Lava Bath & Sauna

湯気の中で、誰かの笑い声が白く溶けていた

湯気の中で、誰かの笑い声が白く溶けていた

完璧ではないからこそ愛おしい。なぜこの場所を家族で選んだのか?

指先に触れる空気が、薄い刃物のように鋭く肌を刺す。2月の富士吉田市は、呼吸をするたびに肺の奥まで凍りつくような、凛とした静寂に包まれていた。車内は対照的に、小さな喧騒に満ちている。上の子が「もう着いたの?」とせっかちに問いかけ、下の子は後部座席で靴下を片方脱ぎ捨て、自由奔放に転がっていた。そんな、少しだけ騒がしくて整理のつかない空気感を抱えたまま、私たちはリゾートイン芙蓉 河口湖インター店に滑り込んだ。ロビーに足を踏み入れた瞬間、外の刺すような寒さが嘘のように消え、代わりに琥珀色の温かな光と、濃密で柔らかな空気が全身を包み込んだ。それはまるで、冬の夜に分厚いウールの毛布にくるまったときのような、心地よい重みがある。ここは、背筋を伸ばして過ごす豪華な宮殿ではない。けれど、子供たちが遠慮なく走り回り、大人がふうっと深く溜息をついて肩の力を抜ける、旅の「ベースキャンプ」のような場所なのだと感じた。チェックインを待つ間、足元のカーペットに指先を沈めると、そのふかふかとした感触が、旅の緊張で張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。旅に完璧な調和を求めるのは疲れるけれど、こういう、ちょうどいい隙間がある空間こそが、家族という不揃いな集団には必要な安らぎなのかもしれない。

子供たちの瞳に映ったのは地球の鼓動か。一番心を奪われた瞬間とは?

バシャッという、重厚な水の音が浴室に響き渡る。富士山溶岩の湯に身を沈めたとき、下の子が不意に「お湯がぎゅーってしてる!」と歓声を上げた。その幼い表現に大人は顔を見合わせて笑ったが、確かにそうだった。お湯がただ肌を撫でるのではなく、地球の底から湧き上がってきた熱が、確かな質量を持って皮膚を押し返してくる感覚。溶岩の成分をたっぷりと含んだお湯はどこか濃密で、肩まで浸かると、日中の冷たい風にさらされて強張っていた筋肉が、ゆっくりと、本当にゆっくりと溶け出していくのがわかった。湯気に包まれ、視界が白く霞む中で、上の子が「溶岩って、どうしてこんなに熱いの?」と、ふと哲学的な問いを投げかけてきた。正解を教えることよりも、ただ一緒に温もりに浸っている時間が心地よくて、私たちは曖昧な返事をしながら、お互いの頬が林檎のように赤らんでいるのを眺めていた。湯上がり、脱衣所で下の子が自分よりもずっと大きなホテル仕様のバスローブを羽織り、裾をずりながら廊下を歩いていた。まるで小さな王様が豪華なマントを翻して行進しているようで、その滑稽で愛らしい姿を見たとき、胸の奥に小さな、温かい灯がともったような気がした。水圧と温度、そして子供の純粋な好奇心。それらが混ざり合ったとき、旅の記憶は単なる記録ではなく、身体に深く刻まれる感覚へと変わる。

旅路の果てに、指先に残る温もり。チェックアウトのとき、何を思い出すか?

炊き立てのご飯の甘い香りと、味噌汁の白い湯気が鼻先をくすぐる。朝食ビュッフェの会場では、最後の一つになった色鮮やかなフルーツを巡って、上の子と下の子が静かだけれど激しい交渉を繰り広げていた。そんな微笑ましい光景を眺めながら、温かいお茶を啜り、心の中でこの時間を保存しようと試みる。リゾートイン芙蓉 河口湖インター店で過ごした時間は、劇的な出来事が起きたわけではないけれど、ただ「そこにいた」という絶対的な安心感に満ちていた。部屋を出る直前、指先に触れたシーツのパリッとした質感と、洗剤の清潔な香りが心地よく肌に残っていた。外に出ると、再びあの鋭い冬の空気が待ち構えている。けれど、不思議と寒さは怖くなかった。溶岩の湯の熱がまだ骨の芯に残っているし、何より、車の中でまた始まるであろう子供たちの言い争いさえも、今は心地よいリズムに聞こえる。家族で旅をすること。それは、お互いの不完全さを認め合いながら、同じ温度の時間を共有することなのだろう。去り際に振り返ると、富士山が淡い青色に染まっていて、その巨大な静寂が、私たちの騒がしい旅路を優しく見守ってくれていたように感じた。

靴を履き直したとき、足元から伝わる冷たさが、かえって心地よかった。

  • 富士山溶岩の湯で芯まで温まった後は、あえて冷たい外気に触れ、温度の鮮やかなコントラストを楽しんでほしい。
  • 朝食後は少し早起きして、富士吉田の澄み切った空気の中で、家族全員の呼吸を合わせて歩いてみるのがおすすめだ。