4月の風は鋭く、首元に潜り込んで肌を刺す。誰が一番に迷子になるか賭けたはずが、結果的に全員で同じ方向の道を間違えた。信じられないほどの方向音痴が集結した僕たちは、自分たちの不器用さに呆れて笑い転げた。ようやく「富士山の見える温泉旅館 大池ホテル」の暖簾が見えたとき、心地よい疲労感と、少しだけ静かになった会話が僕たちを包んでいた。
立ち上る真っ白な湯気が顔にかかり、視界がふわりと白く染まる。ほうとうの太い麺が、舌の上でずっしりと、力強く主張していた。カボチャの甘みが溶け出した濃厚なスープが、冷え切った指先までじわじわと熱を運んでくれる。味の正解なんてどうでもよくて、ただこの温かさを分かち合っていることが、何よりの安心感に繋がっていた。
「その角度、完全に意識高い系じゃん」誰かの鋭いツッコミが飛ぶ。桜の木の下で、最高の一枚を撮ろうと格闘する友人の背中は、誇張抜きに必死だった。結局、一番のお気に入りは、誰かが盛大に転びそうになった瞬間の、激しくブレた一枚。それが一番「僕たちらしい」気がして、みんなで大切に保存した。
狭い鏡の前に四人で無理やり詰め込まれたとき、誰かの肘が僕の脇腹にぐいっと当たった。密着した空間に漂う、お互いの体温と、わずかに混ざり合った香水の甘い匂い。まるで秘密の作戦会議をしているみたいで、可笑しくてたまらなかった。完璧なプランなんて最初からなかったけれど、この不自由さが旅の密度を濃くしていたのかもしれない。
午前6時。部屋の空気はまだひんやりとしていて、肌を心地よく引き締める。カーテンを勢いよく開けると、そこにはただ、静寂を纏って富士山が座っていた。誰一人として口を開かなかったが、その沈黙こそが、どんな言葉よりも贅沢な会話だった。圧倒的な存在感が、僕たちの心の隙間をゆっくりと、温かく埋めていく感覚があった。
浴衣の裾が、廊下の木の床にぺたぺたと張り付く、懐かしい音。温泉に浸かった瞬間、肌にまとわりつくお湯の重みが、心地よい圧力となって肩の強張りを解いてくれた。足の裏から伝わるタイルの温度が、ゆっくりと体温と同化していく。思考が止まり、ただ揺れる水面を眺めている時間だけが、唯一の真実のように感じられた。
忽然と強い風が吹き抜け、誰かの口の中にひらりと桜の花びらが舞い込んだ。本人は真顔でそれを飲み込もうとしていたが、周りは全員、腹を抱えて笑い転げていた。そういう、計画にない制御不能な時間こそが、旅の本当の正解なのだろう。予定調和を心地よく壊すのは、いつもこういう小さな偶然だ。
帰りの荷物が、来る時よりも少しだけ重くなった気がする。中身は何も増えていないはずなのに。もしかしたら、一緒に笑い転げた時間の分だけ、記憶の密度が濃くなったのかもしれない。足りない部分があるからこそ、誰かと一緒にいたいと思う。その不完全さが、僕たちを強く繋いでいた。
窓の外、淡いピンク色の世界がゆっくりと遠ざかっていく。
- 早起きして、誰もいない時間帯に富士山を独り占めしてみて。
- ほうとうを食べる時は、あえて一番端っこの具材から攻めるのがおすすめ。