← 戻る 鬼怒川温泉 山楽

鼻先が凍る温度と、根拠のない賭け事

凍てつくような冬の空気。シャトルバスのシートの、少しざらついた安っぽい感触と、足元で鳴り続けるヒーターの低くて単調な唸り声。誰が一番先に鼻水が出るかという、くだらない賭けをしていたけれど、結局全員同時に負けた。鼻をすする音だけが車内に響いたあの絶望感。今思い出しても、可笑しくてたまらない。



立ち上る湯気が眼鏡を真っ白に塗りつぶし、視界が完全に消えた。地元の湯葉料理が放つ、淡いけれど芯にある濃厚な大豆の香り。舌の上でゆっくりとほどけていく滑らかな感覚が、凍えきった指先にまでじわりと熱を届けてくれる。正直に言って、あの温もりだけが世界のすべてだった。


「地図持ってるって言ったじゃん!」という激しいツッコミに、「直感でいけると思った」という、根拠ゼロの返答。日光東照宮へと向かう道すがら、私たちは互いの絶望的な方向感覚のなさを笑い飛ばした。冷たい風に煽られ、誰かが盛大に転びそうになった瞬間、助ける手よりも先に、腹を抱えて笑う声が勝ち取った。


浴衣の帯を締めすぎて、誰一人としてまともに呼吸できていなかったあの時間。酸素不足で顔がどんどん赤くなっていくのを眺め合い、言葉もなく笑い転げた。傍から見れば滑稽な光景だったけれど、あの苦しさと可笑しさは、きっと私たちだけの秘密の暗号のような時間だった。


鬼怒川温泉 山楽の窓の外では、絶えず川の音が鳴り響いている。岩にぶつかっては砕け、消えていく水の音が、長い残響となって部屋の隅々に溜まっていく。それは静寂というよりも、心地よい低周波の繭に包まれている感覚に近い。そこに身を任せていると、凝り固まった思考がゆっくりと、一本ずつほどけていくのがわかった。


74平米の鬼怒川渓流沿い客室に足を踏み入れたとき、自分の足音がわずかに、けれど心地よく響いた。裸足で触れた畳の、ひんやりとしていながらもどこか懐かしい質感。ベッドから窓辺まで歩くわずか数歩の距離が、今の私たちには十分すぎるほどの贅沢に感じられた。


1月の冷たい雨が、いつの間にか静かに白い雪へと変わっていた。誰かが「見て、梅が咲いてる」と指差した先には、冬の厳しさに耐えながら、小さく、けれど確かに色づいた花びらがあった。予想外のタイミングで訪れる景色は、いつも鋭く、けれど優しく心に刺さる。


帰り道、車の中で誰かが静かな寝息を立て始めた。あんなに騒ぎ散らしていたのに、最後はみんな穏やかな静寂に飲み込まれていく。旅の終わりは、賑やかな音の余韻がゆっくりと消えていく過程に似ている。けれど、その静寂の層にこそ、本当の満足感がぎっしりと詰まっている気がした。

窓の外、深い青に溶けていく雪の結晶。

  • 鬼怒川温泉 山楽の広いお部屋で、あえて何もしない贅沢を味わってみて。
  • 早朝の澄んだ空気の中、日光の街をあてもなく散歩するのがおすすめ。