首筋に張り付く浴衣の、少しざらついた麻の感触。8月の日光は、肺の奥まで湿り気が入り込むほど重く、濃密な空気に包まれていた。鬼怒川温泉駅から歩き始めて12分、道すがら目に入るのは、今はもう誰も使っていない旅館たちの静まり返った佇まい。塗りつぶされた壁の落 graffiti や、赤錆びた看板が、かつての賑わいを幽霊のように物語っており、その異様な静寂にふと心拍数が上がる。そんな、時間の止まったモノクロームの景色を通り過ぎて、鬼怒川温泉 若竹の庄の入り口に辿り着いたとき、スタッフの方にかけられた言葉の温度に、強張っていた肩がふっと降りた気がした。ロビーで出されたウェルカムドリンクの、氷がグラスに当たる小さな音が、心地よいリバーブのように静謐な空間に溶けていく。冷たいグラスの結露が指先に伝わり、旅の緊張がゆっくりとほどけていく。案内されたスタンダードの客室に入ると、まず気づいたのは床の畳が吸い込む足音の柔らかさと、い草が放つ清々しい香りだった。窓を開けると、すぐそこで鬼怒川が深い青い脈のように低い唸りを上げて流れている。その音は、まるで街全体のノイズを消し去るフィルターのようで、隣にいるあなたの呼吸の音が、不自然なほど鮮明に聞こえてくる。「もしかすると、私たちはこれまで、言葉で埋めようとしすぎていたのかもしれない」と、ふと心の中で呟いた。温泉に浸かると、40度から41度のちょうどいい温度が、皮膚の境界線を曖昧にしていく。立ち上る白い湯気の中で、あなたの横顔がぼやけて、世界に二人しかいないような錯覚に陥る。いや、ここではそういう心地よい錯覚に身を任せてもいいのだと感じた。湯船から上がった後の、肌がぴりぴりと心地よく締まる感覚。夕食の個室で運ばれてきた鮎の塩焼きの、香ばしい炭の匂いと皮のパリッとした食感。一口食べるたびに、体の中の緊張がゆっくりと解けていく。ふと、慣れない下駄で歩こうとしてバランスを崩し、プランターに激突しそうになったとき、あなたが小さく吹き出した。「危ないよ」と笑うあなたの声が、張り詰めていた空気を一瞬で切り裂いて、私たちは同時に笑っていた。そんな、取るに足らない不器用な瞬間こそが、この旅の本当の輪郭だったのかもしれない。夜、遠くで花火が上がり、墨色の空に儚い花が咲いては、その音が渓谷に反響してゆっくりと消えていく。盆踊りの太鼓の音が、遠い記憶のように、あるいは誰かの鼓動のように、一定のリズムで届く。その残響の尾を追いかけているうちに、私たちは気づかずに手を繋いでいた。言葉にしなくても、今のこの温度とリズムが正解なのだと、なんとなく分かった気がする。竹林を抜ける風が、さらさらと笹の葉を鳴らす。その音は、「答えを出さないままでいいよ」と、私たちに囁いているようだった。明日になればまた、それぞれの速度で歩き出すけれど、この場所で共有した静寂の重みは、きっとしばらくの間、私たちの心の中に心地よい余韻として残り続けるだろう。裸足で踏んだ廊下のひんやりとした感触が、まだ足裏に残っている。それは、私たちが確かにここにいたという、唯一の確かな証拠だった。
- 夕暮れ時、鬼怒楯岩大吊橋までゆっくりと散歩して、川の流れに心を預けてみる。
- 季節の竹林会席を、あえてゆっくりとした間隔で味わい、相手の表情を観察する。