← 戻る ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド

正直になれた、あの青い光のこと

正直になれた、あの青い光のこと

「地図を逆さまに持つな」という作戦会議

「ねえ、信じられないと思うけど、私たちいま完全に同じ自販機を三回回ってるよね」
「いや、グーグルマップがバグってるだけだって!ここを右に行けばホテル ラ・スイート神戸ハーバーランドに着くはずなんだから」
「で、結果はどうなったと思う?目の前にあるのがまたあの同じ看板だってこと。君の方向感覚、本当に絶望的だね。もしかして地図を逆さまに持ってるんじゃないの?」
「うるさいな!そもそもこの九月のねっとりした湿気、誰が予想したよ。歩くたびに服が肌に張り付いて、もうチーム戦どころか生存競争だよ。アスファルトから立ち上る熱気が、思考回路をじわじわと焼き切っていく感じがする」
「あはは!いいよ。賭けてもいいけど、あと十分で着かなかったら、今日の夜のおやつは君の全額奢りね」
「いいよ、受けて立つ!その代わり、もし着いたら君が私の荷物全部持ってね。いい?絶対だよ!」

喧騒を濾過する、静寂の境界線

重いドアを開けた瞬間、外のねっとりとした熱気が嘘のように消え、凛とした冷ややかな空気が肌を撫でた。スイートルームという贅沢な空間が持つ静寂は、想像していたよりもずっと質量がある。裸足で踏みしめた厚手のカーペットが、歩くたびに足裏の感覚を心地よく曖昧にしていく。そこは、都市の喧騒という不純物が丁寧に濾過された、静謐な聖域のようだった。

部屋の奥にある大きな窓に近づくと、そこには神戸の港が宝石を散りばめたように広がっていた。ガラス一枚を隔てて、外の世界とここが完全に切り離されている。夜の街の灯りが窓ガラスに当たり、プリズムのように細かく分光して、白い壁に淡い色の帯を落としていた。その光の屈折をぼんやりと眺めていると、自分たちの間にあったさっきまでの言い争いさえも、遠い異国の出来事のように感じられる。

ふと、誰かが「見て、この景色最高じゃない?」と窓際に駆け寄ろうとして、ベッドの端に足を滑らせて派手に転んだ。ドサッという鈍い音。一瞬の静寂のあと、全員で同時に吹き出す。そういう、計画にない不格好な瞬間こそが、この旅の本当の正解だったのかもしれない。パリッとしたリネンの清潔な香りと、かすかに漂うアロマの心地よい刺激。ジャグジーに溜められたお湯の温度がちょうどよく、凝り固まった肩の力がゆっくりと、深い海の底へ沈んでいくように抜けていく。もしかすると、本当の贅沢とは、単に豪華な部屋に泊まることではなく、誰かと一緒に「くだらないこと」で笑い合える時間的な余白を持つことなのだろう。

深夜二時の、嘘のない周波数

「というかさ、昼間に見たあのススキの原、めちゃくちゃ綺麗だったよね」
「あそこ、道に迷ったせいで偶然見つけたもんな。まあ、結果的に正解だったけど」
「本当。白い穂が風に揺れるサラサラという音を聴いてたら、いままで抱えてた悩みとか、全部どうでもよくなった気がする」
「急にいい雰囲気出さないでよ。気持ち悪いから」
「あはは、ごめん。でも、本当のこと。私たち、こうやって喧嘩しながら旅するけど、やっぱりこのメンバーじゃないと無理だよね」
「……まあ、そうかもね。君の絶望的な方向感覚には耐えられないけど、隣で笑ってるのは、まあ、悪くないよ」
「え、いまちょっといいこと言った?録音しとけばよかった!」
「今のなし!忘れて!早く寝るよ、明日もまた迷子になるんだから」

港の深い群青色が、ゆっくりと夜明けの白に溶けていくのを眺めていた。

  • 神戸三宮の路地裏にある名店で、神戸牛の串焼きを。一口の贅沢が、歩き疲れた体に染み渡る。
  • 九月下旬なら、市街地を離れて月見を。ススキの穂が風に揺れる音だけを聴く時間が、心地よい。