冷たい風が首筋を撫で、濡れた紅葉が靴底にぴたっと張り付く。三宮駅を出た瞬間、「絶対に迷わない」と誰かが豪語したけれど、気づけば三回も同じ角を曲がっていた。地図を誰が持っていたかという不毛な賭けをしながら、全員で迷子になる。この絶望的な方向音痴さこそが、私たちの心地よいチームワークだった。
イタリアンレストラン「サンミケーレ」で運ばれてきたローストビーフ。濃厚な肉の香りと、深いルビー色の赤ワインが視覚を刺激する。ナイフを入れた時のわずかな弾力と、口の中でほどける熱。洗練された空間に最初は背筋を伸ばしていたけれど、誰かがワインをこぼしそうになって大騒ぎした頃には、いつもの緩い空気感に戻っていた。お腹が満たされると、心まで溶け出していく感覚がある。
「ねえ、今のルート、完全に逆じゃない?」という鋭いツッコミに、「いや、この街並みがヨーロッパ風だから、もうイタリアにいる気分なんだよ」と適当な言い訳が返ってくる。正解なんてどうでもいい。誰かを揶揄いながら歩く時間こそが、この旅のメインディッシュだった。目的地に辿り着くことより、辿り着けない過程にこそ、私たちの呼吸が完璧に合っていた。
ホテルモントリーベ神戸のツインルームに足を踏み入れた瞬間、クラシックな内装の気品に一瞬だけ気圧された。けれど、わずか五分後には豪華なテーブルの上にコンビニのスナック菓子が散乱している。この極端なギャップが、たまらなく贅沢に感じられた。高級な空間に、私たちの雑多な生活感をぶちまける快感。誰が一番だらしない格好でベッドにダイブできるか競い合い、最後は心地よい疲労感に身を任せた。
窓の外に広がる十一月の景色。紅葉が街を燃えるように赤く染め、しっとりと重い空気が街を包み込んでいる。それはまるで、街全体が巨大な水槽の中に沈んでいるかのようだった。遠くで聞こえる車の走行音や誰かの話し声が、厚いフィルターを通したように柔らかく耳に届く。完全な静寂ではなく、心地よいノイズに抱かれている感覚。一人でいる時よりも、この共有された静寂がずっと贅沢に感じられた。
大浴場のサウナでじっくりと汗を流し、水風呂の鋭い冷たさで肌を引き締める。バスルームのタイルのひんやりとした温度が足裏に伝わり、シャワーの適度な水圧が肩に溜まった凝りをゆっくりと解いていく。ホテルモントリーベ神戸のベッドに体を沈めたとき、その深い包容力に、自分がどこまでが体でどこからがマットレスなのか分からなくなった。思考を止めてくれる、最高の特効薬だった。
夜の街へ出ると、雨上がりの路面が鏡のようにイルミネーションを反射していた。水面に揺れる光の粒を避けながら歩くのは、まるで小さな冒険のよう。ふいに誰かが「見て、あそこの光、変な形してる」と笑い出し、私たちは足を止めてそれを眺めた。特に意味なんてないけれど、その瞬間だけは世界が私たちの味方であるように感じられた。
翌朝、チェックアウトを済ませて駅に向かう道すがら、私たちはもう次の「失敗」について話し合っていた。完璧なスケジュールなんて、きっと退屈で仕方ない。迷い、間違え、笑い転げた記憶だけが、旅が終わった後も体温のように心に残る。欠けている部分があるからこそ、そこへ誰かが入り込む余地がある。私たちは、その隙間を埋め合うのが上手なチームだった。
濡れた靴底のまま、私たちはまた次の街へ歩き出す。
- サンミケーレのローストビーフは絶対に食べて。あの温度感こそが正解。
- 三宮駅からホテルまで、あえて地図を見ずに迷子になる贅沢を試してみて。