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冷たい空気と、誰かの笑い声だけが残った朝

冷たい空気と、誰かの笑い声だけが残った朝

誰がこの旅の舵を握っているのか

「ねえ、待って。今何時?」
誰かが掠れた声で問いかける。午前7時15分。カーテンの隙間から差し込む鋭い冬の光が、床に転がったポテトチップスの袋を残酷なまでに照らし出していた。
「いや、お前が『7時には絶対起こす』って断言したじゃん!」
「言ったけど、私の意識の中では起こしてたし。っていうか、そもそもこのプラン誰が立てたんだっけ」
「え、私たち、賭けで決めたよね? 誰が一番適当なプランを立てるか」
「結果的に大正解だったね。最悪すぎて笑える」
私たちは、ダイワロイネットホテル熊本のベッドの上で、もつれたシーツにくるまったまま、誰が一番の戦犯かを決めるという、旅の中で最も生産性のない議論に没頭していた。誰かが笑いながら枕を投げつけ、部屋には心地よい喧騒と、昨夜の盛り上がりの残骸であるジャンクフードの匂いが微かに漂っている。

機能的な静寂に塗り重ねる、心地よい混沌

裸足で床に降りると、タイルのひんやりとした温度が皮膚にピリッと刺さった。冬の熊本の空気は、肺の奥まで冷たく、それでいて凛と澄んでいる。私たちが泊まっているスーペリアダブルの客室は、全室21平方メートル以上のゆとりがありながら、もともとビジネスのために設計された極めて効率的な空間だ。例えば、あの幅の広いデスク。本来ならPCを広げて、眉間に皺を寄せてメールを打つための、ストイックな場所なはずだ。けれど、今のそこにあるのは、コンビニで買い込んだ地元の銘菓の甘い香りと、ぐちゃぐちゃに折り畳まれた観光マップ、そして誰が飲みかけか分からないペットボトル。機能的な直線で構成された真っ白なキャンバスのような部屋に、私たちのいい加減な生活感が、奔放な絵の具のように塗り重ねられていく。そのギャップが、なんだかたまらなく心地よかった。

バスとトイレが分かれているセミセパレートの構造も、友人旅にはちょうどいい。誰かが洗面所で時間をかけていても、別の誰かが気まずい顔をせずに済む。その小さな距離感が、お互いのパーソナルスペースを静かに守ってくれる緩衝地帯になる。空気清浄機が低く唸る一定のリズムだけが、時折訪れる部屋の静寂を埋めていた。ピンと張った白いリネンに再び体を沈めると、旅の疲れというよりは、心地よい疲労感が心地よい重力となって身体を固定する。この場所は、単なる宿泊施設ではなく、私たちのとりとめもない会話や、形にならない感情をすべて包み込むための、大きな容器のようなものだったのかもしれない。

午前2時の、少しだけ正直な温度

「……熊本城の石垣、あれ、人間が積んだって信じられないよね」
部屋の明かりを消して、間接照明の琥珀色の光だけにした時間。さっきまでの騒がしさが嘘のように、声のトーンが一段下がった。
「うん。あの冷たい石の感触、まだ指先に残ってる気がする。1月の夜風、本当に痛かったし」
「でも、あの空気感、嫌いじゃない。なんだか、全部正直になれる感じ」
「正直か。まあ、私たちは十分すぎるくらい正直に、お互いのダメなところを言い合ってきたけどね」
ふふっ、と誰かが小さく笑った。昼間の喧嘩のような言い合いは、夜になると不思議と穏やかな共有体験に変わる。私たちは、明日行く予定の阿蘇神社の初詣について、もう一度「適当に」計画を立て直すことにした。正解のルートなんてどうでもいい。ただ、この冷たい空気の中で、一緒に迷子になれる相手がいることが、何よりも贅沢なことだという気がした。石垣のように積み重ねてきた、言葉にならない信頼が、そこにはあった。

窓の外では、路面電車の走る音が遠くでリズムを刻んでいた。

  • 花畑町駅から徒歩1分という立地を活かして、あえて計画を立てずに路面電車に飛び乗ってみること。
  • 朝食バイキングの赤牛を、お腹いっぱい食べてから、冷え切った空気の中へ踏み出すこと。