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裸足で歩いた畳の、少しだけ冷たい記憶

裸足で歩いた畳の、少しだけ冷たい記憶

「ねえ、この床って、大きな草でできてるの?」

末っ子の老二が不思議そうに床を指差したとき、私はふと、自分が今どこに立っているのかを深く意識した。御宿 野乃熊本。そこは、都会の喧騒を脱ぎ捨て、靴さえも脱いで、ありのままの足裏で入り込む静謐な空間だった。ロンドンの冷たい雨にさらされていた私の足裏に、畳のい草の感触がしっとりと、けれど確かな重さを持って伝わってくる。い草の青い香りが、肺の奥までゆっくりと満たしていく。もしかすると、私たちはここに来ることで、現代の生活の中でいつの間にか忘れていた「地面との心地よい距離感」を取り戻そうとしていたのかもしれない。

家族旅行というものは、いつだって計画通りにはいかない。誰かが靴下を片方失くし、誰かが急にお腹を空かせ、誰かが好奇心に任せて走り出す。けれど、その混沌としたリズムこそが、旅という織物の本当の質感(テクスチャー)なのだと思う。和の温もりに包まれたこの場所で、私たちはバラバラだった歩幅を、少しずつ合わせていった。

家族の記憶に刻まれた、5つの断片

畳のい草の香り:指の間をすり抜けるい草の心地よいざらつきと、どこか懐かしい青い匂い。午後の柔らかな光が廊下に差し込む中、老二が畳の上で思い切り跳ねたとき、静寂に「ポンッ」という小さな音が心地よく響いた。この場所が持つ、包み込むような優しさに一番に気づいたのは、老二だった。

あか牛入りメンチの熱気:朝食会場に漂う、香ばしい油と肉の濃厚な匂い。外側はカリッと黄金色に揚げられ、中はあか牛の旨味がじゅわっと溢れ出す。老二の頬に小さな油の粒がついているのを、老大が「汚いよ」とぶっきらぼうに言いながら指で拭った。その不器用で愛おしいやり取りを、私は湯気の向こうから静かに眺めていた。

11階の露天風呂の温度:肌にまとわりつく濃密な湯気と、身体の芯までゆっくりとほどいていくお湯の温度。11階から見下ろす街の灯りと、頬を撫でる冬の冷たい空気のコントラスト。老二が忽然「あ!魚だ!」と叫んだが、それは彼自身の足の指だった。みんなで堪えきれずに笑い合った瞬間、お湯の温度がさらに少しだけ上がった気がした。

裾の長い浴衣:指先に触れる綿の少し硬い質感と、帯をうまく結べずにもどかしく格闘する時間。鏡の前で、ぶかぶかの浴衣に身を包んで「大人っぽくなったでしょ」と得意げにポーズを決めていたのは、間違いなく老大だった。その背伸びした姿が、たまらなく愛おしく、胸の奥がじんわりと熱くなった。

熊本城へ続く道中の冷気:ホテルから歩いて10分。11月の熊本の空気は、鼻の奥がツンとするほど澄み渡っていた。乾いた落ち葉を踏みしめるリズムと、遠くにどっしりと構える城壁の灰色。歩く速度がバラバラな私たち家族が、それでも同じ方向へ向かっていたこと。その当たり前で尊い事実に気づいたのは、最後尾を歩いていた私だった。

畳の温もりに包まれて、私たちはまた、ひとつの家族に戻っていた。

  • 11階の天然温泉は、お子さんが寝静まった深夜に。静寂の中で街の灯りと自分たちの呼吸だけが聞こえる贅沢な時間を。
  • 朝食のあか牛入りメンチは、ぜひ出来立てを。口いっぱいに広がる熊本の豊かな風味が、一日の歩き旅の最高のエネルギーになります。