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湯気に隠れた顔と、止まらない笑い声

湯気に隠れた顔と、止まらない笑い声

冬の夜、静寂と喧騒の境界線

(Aの記憶)
部屋の扉を開けた瞬間、草津の冬の冷たい空気が肺の奥まで入り込み、意識が心地よく研ぎ澄まされた。案内されたのは、檜の香りがかすかに漂う温泉露天風呂付き和洋室。私の視線はすぐにテラスの湯船へと吸い寄せられた。白く立ち昇る湯気が夜の光を複雑に屈折させ、向こう側の景色を淡い水彩画のように滲ませている。身を沈めると、肌を刺す外気と身体を包み込む熱い湯の境界線が、ちょうど顎のあたりでぶつかり合っていた。その温度の断層に挟まれていると、自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。ただ、隣で誰かが小さく笑った気配だけが、暗闇の中の確かな座標のように感じられた。

(Bの記憶)
「絶対、先に誰が寒さに耐えられなくなるか賭けようぜ」なんて言いながら、私たちは競うように浴衣に袖を通した。正直、帯を締めるのに手こずって、お互いの不格好な姿に笑い転げたのがこの部屋での最初の思い出だ。露天風呂に飛び込んだとき、あまりの熱さに思わず「あつっ!」と声を上げたけれど、それがなんだっていうんだ。白く舞い上がる湯気のせいで、隣にいるはずの友人の顔が半分くらい消えて見えたのが最高に面白かった。視界が不透明になればなるほど、言葉の意味よりも、その場の空気感や、ふっと漏れた笑い声の方がずっと正確な情報として届く。そういう不自由さが、たまらなく心地よかった。

旬の味わい、二つの記憶の色彩

(Aの記憶)
運ばれてきた和会席料理は、まるで冬の静かな庭をそのまま皿に写し取ったかのような美しさだった。特に印象に残っているのは、旬の食材が持つ、控えめだけれど芯のある甘み。口に含んだ瞬間、温度がゆっくりと喉を通っていく感覚に意識を集中させていた。隣では誰かが賑やかに話していたけれど、私の心は、出汁の香りが鼻腔を抜ける瞬間の、あのわずかな空白にだけ向けられていた。味覚というものは、時に記憶の蓋をそっと開ける。幼い頃に食べた温かな何かを思い出した気がして、私はただ、静かに箸を動かした。贅沢とは、きっとこういう「自分の内側に戻れる時間」のことなのだろう。

(Bの記憶)
料理の見た目も凄かったけど、それ以上に盛り上がったのは、どの食材が一番「正解」かという、どうでもいい議論だ。地元の食材をふんだんに使った料理のひとつひとつに、私たちは勝手に点数をつけ、互いの好みの違いにツッコミを入れ合った。グラスが触れ合う軽やかな音と、笑いながら食べる食事。味が記憶に残るというより、その時の「騒がしさ」が最高の調味料として刻まれている気がする。ふと気づくと、お酒のせいか、それとも湯上がりの心地よさのせいか、会話の間にある沈黙が全く怖くないことに気づいた。美味しいものを共有し、くだらない話で時間を潰す。それこそが、この旅で一番欲しかった贅沢だった。

私たちが唯一同意したこと

結局、旅の終わりに私たちが口を揃えて絶賛したのは、湯宿 季の庭のベッドの心地よさについてだった。深夜、冷え切った指先を布団の中に潜り込ませたとき、綿の重みが身体にぴったりと沿って、外の世界との接続が完全に切れたような感覚に陥った。二十三種の湯めぐりで心身を完全に緩ませた後、深い眠りに落ちる直前のあの意識の混濁。誰が一番先に寝落ちするかという賭けに、結局全員が負けて、翌朝まで一度も目を覚まさなかったこと。あのアナログな心地よさだけは、性格も好みも違う私たち全員が、完全に一致して「最高だった」と認めた瞬間だった。

窓の外で、誰にも気づかれずに雪が降り積もっていく音がした。

  • 湯畑まで歩くときは、あえて時間をかけて、冷たい空気で鼻の奥を刺激してほしい
  • 二十三種の湯めぐりは、効率を考えず、その時の気分で直感的に選ぶのが正解