凍てつくホームと、白く染まる笑い声
耳の奥を鋭く刺すような、冬の金属音。JR長野原草津口駅に降り立った瞬間、肺の奥まで凍りつくような冷気が一気に流れ込んできた。気温は氷点下。吐き出す息があまりに白く濃いため、目の前にいる友人の顔が半分ほど隠れてしまう。私たちは駅のホームで、誰が一番先に「やっぱり寒すぎる」と弱音を吐くかという、くだらない賭けをしていた。
「まだいけるって。このくらいの寒さ、余裕でしょ」
そう強がっていたあいつが、バスを待つ間に肩をガタガタと震わせているのを、私たちは密かに笑い合った。重いスーツケースが凍りついたアスファルトを転がる、ゴロゴロという乾いた音が、静まり返った駅前に不自然なほど大きく響いている。厚手のコートに身を包んでいても、指先の感覚が少しずつ消えていくのがわかる。けれど、その身体的な不自由さが、かえってこれから始まる旅の輪郭をくっきりと描き出していた。私たちは互いの凍えた手を合わせ、温かい湯気が待つ町へと向かうバスに乗り込んだ。
硫黄のカーテンを抜けて、迷い込む路地
バスを降りて歩き出すと、空気の質感が劇的に変わった。湿り気を帯びた重い空気。そして、鼻腔をダイレクトに刺激する濃厚な硫黄の匂い。茹で卵のような、あるいは地球の深い呼吸のような、あの独特な香りが、ここが草津であることを身体に教え込んでくる。湯畑へ向かう道すがら、視界を遮るほどに立ち上る白い蒸気が、まるで巨大な白いカーテンのように私たちを包み込んだ。
「ねえ、道、こっちじゃない?」
誰かが呟いたけれど、私たちはあえて地図を閉じ、わざと遠回りをすることにした。正解のルートよりも、不意に現れる小さな雑貨店や、雪を被った石垣の隙間にひっそりと咲く冬の植物に心を惹かれたからだ。坂道を登るたびにふくらはぎに心地よい負荷がかかり、心拍数が少しずつ上がっていく。そのリズムが、冷え切った身体にゆっくりと熱を戻していく。道端で売っていた温かいおつまみを口に運ぶと、塩気と熱さが喉を通って胃に落ち、ようやく自分がこの町の一部になったような気がした。ふと振り返ると、友人たちが蒸気の中でぼんやりとしたシルエットになっていて、現実感を忘れるような、心地よい浮遊感に包まれていた。
湯気に溶ける境界線と、心地よい居場所
辿り着いた「草津温泉 源泉一乃湯」の入り口をくぐると、外の刺すような寒さが嘘のように、しっとりとした温もりに包まれた。ここは一般的な旅館とは少し趣が違う。迷路のように入り組んだ廊下を歩いていると、ホテルというよりは、誰かが大切に使い込んできた古いアパートに迷い込んだような、懐かしくも不思議な感覚に陥る。
案内された部屋には、小さなミニキッチンが付いていた。ステンレスのカウンターのひんやりとした感触。そこに地元のスーパーで買った飲み物を並べるだけで、なんだかこの町にずっと住んでいるような錯覚に陥る。
「ここは私の陣地ね!」
誰がどこのベッドを使うかで小さな言い争いが始まったけれど、結局は一番日当たりのいい場所に、みんなで雑に荷物を広げた。それが一番「私たちらしい」陣取り方だったと思う。
一番の贅沢は、貸切風呂での時間だった。自家源泉から湧き出る熱いお湯に身を沈めると、皮膚の境界線が曖昧になり、身体がゆっくりと溶けていくのがわかる。お湯の温度が絶妙で、凝り固まった肩の力が、音もなく抜けていく。誰が喋り出すでもなく、ただお湯の流れる音と、時折聞こえる外の風の音だけが空間を満たしていた。普段なら気まずいと感じるはずの沈黙が、ここでは心地よい余白として機能している。足湯テラスに移動して、冷たい夜風に当たりながら温かい足元を感じる瞬間、私たちは改めて、計画通りにいかない旅の楽しさを共有していた。バーで適当に選んだ飲み物を片手に、明日どこへ行くか、あるいはどこへも行かずにここで過ごすか。正解のない会話が、夜の静寂に溶けていった。
夜の静寂に溶けゆく白い湯気が、明日への期待を優しく包んでいた。
- 湯畑周辺の路地裏にある、名前も知らない小さな雑貨店を覗いてみて。
- ミニキッチンがある部屋なら、地元の食材で簡単な夜食を作るのがおすすめ。