← 戻る 采莓ホテル

迷子のような荷物と、心地よい不協和音

エレベーターの金属製ボタンが、指先にひんやりと触れた。チェックインを済ませたばかりのロビーには、家族それぞれの方向へ引っ張られるような、心地よい混乱が漂っている。右側では次男が、見たこともない形のオブジェに夢中になってしゃがみ込み、左側では長女が「早く部屋に行きたい!」と私の袖をぐいぐいと引っ張る。重いスーツケースの車輪がフロアに刻む、ゴロゴロという不規則なリズム。それはまるで、調律されていない楽器が鳴らしている音のようで、けれど不思議と嫌いではなかった。ロビーに漂う、かすかに甘いイチゴのような香りと、清潔なリネンの匂いが混ざり合い、旅の始まりを告げている。

私たちは、家族という名の、少しだけピースが足りないパズルを抱えてここに来た。一人ひとりが違う方向を向いていて、予定通りに動くことなんてありえない。でも、采莓行館Caimei Hotelのスタッフさんが見せてくれた、穏やかで余裕のある微笑みに触れたとき、ふと肩の力が抜けた気がした。「大丈夫ですよ」と語りかけるようなその眼差しに、この乱雑なリズムのままでも受け入れてもらえるという安心感を覚える。私たちはゆっくりと、期待を込めて8階へと向かうボタンを押した。

黄金色の街並みと、予期せぬ小さな冒険

部屋のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、窓の外に広がる大湖の街並みだった。このホテルが街の最高地点にあるからこそ得られる、遮るもののないパノラマ。長女が真っ先に窓辺に駆け寄り、「見て! お家がアリさんみたいに小さいよ!」と歓声を上げた。小さな手のひらがガラスにぴたりと張り付いている。9月の苗栗の光は、夏の刺すような強さを失い、どこか柔らかく、街全体を黄金色に染め上げていた。まるで世界が精巧なミニチュアに変わったかのような錯覚に陥る。

私たちは、あらかじめ計画していた観光スポットを半分くらい諦めて、ただこの景色を眺めることに時間を使い始めた。次男は、窓から見えるイチゴ畑の深い緑色に興味を持ち、「どうして冬にだけ赤い実がつくの?」と、自分なりの理論を熱心に語り始めた。本当はガイドブックにある名所をすべて回るつもりだったけれど、子供たちの瞳に映る「意外な発見」こそが、この旅で最も価値のある宝物なのだと気づかされる。

外に出れば、心地よい秋の風が頬を撫で、肺の奥まで澄んだ空気が満たされる。ホテルが自転車に友好的な宿であることを知り、私たちは不器用なチームワークで自転車を借りた。ペダルを漕ぐたびに、冷やされた空気が頭の中をクリアにしていく。道端に咲く名もなき花や、地元の人たちのゆったりとした歩調。そういう、誰にも注目されない小さな断片を拾い集める旅。それが、この街での正しい過ごし方なのだという気がした。

深夜の静寂に溶ける、大人のための贅沢な空白

夜の11時。ようやく嵐のような時間が過ぎ、子供たちが深い眠りに落ちた。部屋の中に残ったのは、規則正しい寝息と、時折聞こえるエアコンの静かな動作音だけ。大人の時間。それは、この旅の中で最も贅沢な、空白の時間だ。高級な内装が施された和室の部屋に用意されていた乳膠マットレスに体を沈めると、心地よい反発力が背中を優しく押し返してくれる。硬すぎず、柔らかすぎない。その絶妙なバランスが、一日中子供たちを追いかけて緊張していた筋肉を、ゆっくりとほどいていく。

バスルームへ向かい、TOTOのウォシュレットから出る温かいお湯に触れたとき、思わず小さなため息が出た。水圧の心地よさと、肌を包み込む温度。そういう、ごく当たり前で、けれど精緻に設計された快適さが、疲れた心に深く染み渡る。一人で窓辺に立ち、夜の街を見下ろす。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った大湖の町。暗闇の中に点在する街灯が、まるで地上に降りた星のようだった。

私たちはいつも、完璧な親であろうとして、完璧なスケジュールを組もうとする。けれど、実際には、子供たちが泣き叫んだり、予定が狂ったりした瞬間にこそ、家族の本当の輪郭が見えてくるのかもしれない。この静寂の中で、私はようやく、自分自身の呼吸を取り戻せた気がした。不足している部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む余地が生まれる。孤独は消し去るものではなく、大切に抱えておくための、心の中の小さな部屋のようなものなのだろう。

帰りたくないという、小さくて正直な抵抗

チェックアウトの朝。空気はさらに澄み渡り、深呼吸をするたびに、体の中が洗われていくような感覚があった。荷物をまとめる間、次男が「もう一回だけ、あの窓からアリさんのお家が見たい」と、私の裾を掴んで離さなかった。長女も、昨日借りた自転車の話をしながら、名残惜しそうにロビーを歩いている。その小さな手の温もりが、胸の奥を締め付けた。

私たちは、もともとバラバラなピースだった。けれど、この2日間、苗栗の秋の風に吹かれ、采莓行館Caimei Hotelの心地よい空間に身を委ねることで、不格好ながらも一つの絵が出来上がった気がする。それは決して完璧な正方形のパズルではないけれど、歪んでいるからこそ、私たちの家族らしい形をしていた。

車に乗り込み、ドアを閉める重い音。それが、この旅の終わりを告げる合図だった。バックミラーに映るホテルの姿が小さくなっていくけれど、心の中には、あの8階からの景色と、子供たちの笑い声、そしてマットレスの優しい感触が、確かな手触りとして残っている。またいつか、この心地よい混沌に戻ってきたい。そう思いながら、私たちは次の目的地へと車を走らせた。

  • 地元で愛される「江技旧記」のワンタンをぜひ。もちもちした食感と優しいスープが、歩き疲れた体にじんわりと染み渡ります。
  • 8階の客室を選んで、早朝の空気を吸ってみてください。大湖の街がゆっくりと目覚める瞬間を、誰にも邪魔されずに眺める時間は格別です。