← 戻る 采莓ホテル

深夜二時、空腹という名の共犯者

3月の苗栗、大湖の夜気はしっとりと肌にまとわりつき、心地よい冷たさを運んでくる。翌朝のイチゴ狩りに備えて早めに眠るはずだったが、誰かが「何か食べない?」と小さく呟いた。それが合図だった。私たちは秘密の作戦を遂行するように、こっそりと采莓行館Caimei Hotelを抜け出し、街のコンビニへと向かった。アスファルトを蹴るスニーカーの乾いた音だけが、静まり返った街に小さく響く。自動ドアが開いた瞬間の、あの特有の眩しすぎる光と、揚げ物の香ばしい匂い。私たちは、普段なら絶対に手に取らないような奇妙な色のスナック菓子や、量が多くて笑ってしまうようなフライドチキンを次々とバスケットに放り込んだ。レジ袋の持ち手が指に食い込む鈍い痛み。その重みこそが、計画通りに進まない旅の、唯一の正解のような気がした。

咀嚼の合間にこぼれ落ちた本音

「ねえ、正直に言って。誰がこの量を買おうって提案したの? 誇張抜きに、全部食べきれる自信、一点もないんだけど」

部屋に戻り、私たちは55インチの大型テレビが放つ青白い光に照らされながら、ラテックスマットレスの上に陣取った。マットレスは驚くほど弾力があり、体を預けるたびに、心地よく押し返される感覚がある。その上で、私たちはコンビニで買った戦利品を広げた。

「いいじゃん。旅なんだから、たまにはこういう贅沢というか、無駄なことをしなきゃ損だよ」

「無駄っていうか、ただの食欲だよね。あ、このチップス、味がおかしい。何これ、酸っぱい?」

「一口ちょうだい。……うわ、本当だ。ありえない味。誰がこれを商品化したんだろうね」

私たちは互いの皿から食べ物を奪い合いながら、今日一日の「失敗」について話し始めた。あちこちで道に迷い、予定していたスポットに辿り着くのが大幅に遅れたこと。けれど、そのおかげで見つけた名もなき路地裏の静けさ。完璧なスケジュール表に従って移動するだけなら、それはただの確認作業に過ぎない。迷い、悩み、そして結局は適当に決めた道。その不確かさこそが、私たちの旅を「私たちのもの」にしてくれた。

「結局、一番楽しかったのは、あの行き止まりでみんなで呆然としてた時間だったよね」

「それな。あの時の君の顔、本当に傑作だったよ」

笑いながら、さらにポテトチップスの袋を開ける。指先に付いた塩気と、時折漏れる笑い声。広々とした清潔な室内で、社会的な肩書きも、明日への不安も、すべてが塩味のスナック菓子と一緒に飲み込まれていくようだった。

胃袋が満たされた後の、心地よい空白

最後の一片まで食べ尽くし、散らかった袋を片付ける頃には、部屋の中には心地よい疲労感と、満ち足りた静寂が広がっていた。テレビの電源を切ると、部屋は一気に深い闇に包まれる。けれど、それは不安な暗闇ではなく、私たちを優しく包み込む繭のような静けさだった。

ふと窓の外に目を向けると、采莓行館Caimei Hotelの大きなガラス窓から見下ろす大湖の街並みが、小さな光の粒となって点在していた。地上から遠く離れたこの場所から眺める景色は、まるで誰かが丁寧に配置した模型のようにも見える。風が窓枠をかすかに叩く音がして、遠くで夜鳥が鳴いた。その音が、今の私たちには心地よいBGMのように聞こえた。

言葉はもう必要なかった。ただ、隣に誰かがいて、同じ温度の空気を吸い、同じ味の記憶を共有している。その事実だけで十分だった。孤独であることは、決して寂しいことではない。誰かと共に孤独になれる場所があること。それが、旅における本当の贅沢なのだと思う。私たちは、ゆっくりと深く、呼吸を合わせた。

指先に残った微かな塩気と、窓の外に広がる春の夜の匂い。

  • 地元の名店「江技旧記」のワンタン。夜食に忍ばせておけば、最高の贅沢になるはず。
  • 季節限定のイチゴスイーツ。甘すぎるくらいの味が、深夜の静寂にはちょうどいい。