← 戻る 虎山温泉会館

指先に触れた、鈍い熱を宿す石の記憶

抿石子浴池。指先でその縁をなぞると、最初はひやりとした冷たさが伝わってきたけれど、すぐに内側からじわりと滲み出すような、深い熱に塗り替えられた。丁寧に磨かれた石の表面は、どこか生き物の肌のように滑らかで、けれど同時に揺るぎない重量感がある。お湯が満たされるときの、低く、心地よく響く水音。それはまるで、誰かが静かに呼吸を整えている音のように聞こえた。肌に触れる湯の温度は、単に「熱い」のではなく、身体の芯にある凝り固まった何かを、ゆっくりと解きほぐしていくような、丁寧な温度だった。かすかに漂う硫黄の香りが、日常の喧騒を遠ざけ、この石の器の中に身を浸していると、自分と相手の境界線が、白い湯気と一緒に曖昧になっていく感覚がある。

湯気の向こう側で、静寂を分かち合う

「……熱くない?」

隣で、君が少しだけ肩をすくめて聞いた。私は答えを出す代わりに、ゆっくりと深く息を吐き出した。肺の中にある冷たい空気が、温かい湯気に溶け出していく。

「わからないけど、たぶん、ちょうどいいと思う」

「ふーん。君がそう言うなら、そうなんだろうね」

私たちは、どちらからともなく、しばらくの間だけ沈黙を選んだ。聞こえるのは、時折、浴槽の壁を伝って滴り落ちる水の音だけ。その静寂は、決して気まずいものではなく、むしろ二人で共有している「空白」という名の贅沢な時間のように感じられた。互いの正解を探し合うことに疲れていた私たちは、ただ同じ温度の湯に浸かっているという事実だけで、十分なのだという気がした。

「ねえ、明日もこの温度でいられたらいいのに」

君が小さく呟いた。その声は、湯気に溶けて、私の耳に届く頃にはとても柔らかくなっていた。

白い花びらと、広すぎるベッドに迷い込んだ夜

チェックアウトの後、記憶の中で一番鮮やかに残ったのは、虎山溫泉會館(湯之島)-泰安溫泉の窓から見えた、あの圧倒的な「白」だった。四月の苗栗は、山全体が桐の花に染まっている。風が吹くたびに、白い花びらが空から降り注ぎ、まるで春にだけ降る静かな雪のようだった。その白さは、目に刺さるような強さではなく、すべてを優しく包み込んで消し去ってしまうような、深い静寂を伴っていた。私たちは、その景色を眺めながら、自分たちが抱えていた小さな不安や、言葉にできなかったもどかしさが、花びらと一緒にどこかへ流れていくのを、ただじっと見ていた。

宿泊したハネムーンスイートのベッドは、驚くほど広かった。七フィート四方の白いリネンの海。深夜、ふと目が覚めて隣を探したとき、君がどこにいるのか一瞬わからなくなり、暗闇の中で手探りに布の海を泳いだ。指先が君の肩に触れたとき、私たちはどちらからともなく小さく笑い合った。大人が、こんなに広い場所で迷子になるなんて。けれど、その滑稽さが心地よかった。完璧な計画や、正解の答えなんてなくても、ただ隣に誰かがいて、その体温を感じられるだけで、世界は十分に優しいのだと思えた。

夕食にいただいたチョウザメ鍋の、濃厚で滋味深い味わいも忘れられない。立ち上る湯気とともに運ばれてきたその温もりは、身体の奥底にある「安心感」というスイッチを、ゆっくりと押し下げてくれた。朝食後、バルコニーに出ると、森から届く濃厚なフィトンチッドの香りが鼻腔をくすぐり、肺の隅々まで洗われるような心地がした。私たちは、急いでどこかへ行こうとはしなかった。ただ、窓の外で舞い続ける白い花びらを眺め、コーヒーの温度がゆっくりと下がっていくのを待っていた。

もしかすると、旅というものは、何か新しい自分を見つけることではなく、今のままの自分たちが、ここにいてもいいのだと確認する作業なのかもしれない。不安があることも、不器用であることも、すべてはこの風景の一部として受け入れられる。虎山溫泉會館(湯之島)-泰安溫泉で過ごした時間は、私たちにとって、互いのリズムを無理に合わせるのではなく、それぞれの呼吸を尊重しながら、同じ空間に漂うための練習だったのだと思う。

恐れていることは、たぶん、大切にしたいことの裏返しなのだろう。君が私の手を握ったとき、その手のひらが少しだけ震えていたことに気づいた。けれど、私はそれを直そうとはしなかった。その震えさえも、今の私たちにとって必要な、一つの温度だったから。

白い花びらが、君の黒い髪に一枚だけ、静かに止まっていた。

  • 桐花季の時期に合わせて、あえて予定を詰め込まずに、ホテルでの時間を最優先にすること
  • ハネムーンスイートの冷熱二つの浴槽を交互に使い、心身の緊張をゆっくりとほどいていくこと