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「ここ、本当に正解だったのかな」

「ここ、本当に正解だったのかな」
君がそう呟いたとき、僕たちはちょうど車を降りたところだった。三月の苗栗の空気は、まだ冬の名残を孕んでいて、肺の奥まで洗われるように冷たく、澄んでいる。
「わからないけど、この匂いは好きだよ」
僕はそう答えて、足元の砂利がジャリリと鳴る音に耳を澄ませた。正解なんてどこにあるのかも知らないし、そもそも探す必要があるのかさえ、今の僕たちにはわからない。ただ、目の前に広がる深い緑の絨毯と、風に乗ってかすかに漂う甘い香りが、僕たちの浅い呼吸を、ゆっくりと深くしてくれた。

甘い香りと、ほどけていく心地

指先で触れたいちごの葉は、想像していたよりも少しだけざらついていて、湿った土の匂いがした。僕たちが辿り着いたのは、『泉銘行館-苗栗大湖採草莓園/休閒農場/民宿/住宿/休閒農場 人氣推薦觀光 採草莓一日遊 草莓醬/草莓酒 親子活動/手做DIY 國旅卡特約 大湖酒莊附近 熱門好評推薦 PTT Dcard』という、名前からしてどこか贅沢な期待を抱かせる場所だった。そんな長い名前に似合わず、そこにあったのは、ただ静かに流れる時間と、お互いの体温を静かに確認し合うための、飾らない空間だった。

いちごのヘタを指でつまんで、ゆっくりと取り除く。その動作は、まるで自分たちが無意識に纏っていた「理想のパートナー」という薄い鎧を、一枚ずつ丁寧に剥がしていく作業に似ているのかもしれない。ヘタの下から現れる鮮やかな赤色は、隠していた本音のように、少しだけ恥ずかしくて、けれど抗えないほどに純粋だ。僕は、完璧に赤い実を探そうとして十分ほど時間を費やしたが、結局選んだのは少し形がいびつな、けれど香りの強い小さな実だった。それに気づいた君が、ふふっと小さく笑ったとき、僕の心の中にあった「正しくありたい」という緊張が、春の陽光に溶けるように指先から消えていくのを感じた。

案内されたのは、陽光が心地よく差し込む陽台付きの簡素な客室だった。バルコニーに出れば、遠くに大湖の穏やかな風景が広がり、冷たい風が頬を撫でていく。部屋の中は木の温もりに包まれ、どこか懐かしい、陽だまりのような香りがした。部屋に戻り、浴槽に溜めたお湯に身を沈めると、肌に触れる温度がちょうどよく、凝り固まった肩の力がふわりと抜けていく。ベッドの端からバスルームのドアまで、裸足で歩けばちょうど七歩。その短い距離さえも、今の僕たちには心地よい間隔に感じられた。深夜、窓の外から聞こえてくるのは、風が葉を揺らすかすかな囁きだけ。沈黙は空白ではなく、相手の呼吸を聴くための贅沢な余白なのだと気づかされる。翌朝、もらった温かい粥を口に運ぶと、米の優しい甘さが身体の芯まで染み渡った。特別なことは何もない。けれど、その「何もない」という充足感こそが、今の僕たちが一番必要としていたものだった。

私たちはまだ、お互いの周波数を合わせる途中にいる。けれど、この場所で、いちごの甘酸っぱい香りに包まれながら、少しだけ不器用なままでいいのだと思えた。もしかすると、旅の目的とは目的地に辿り着くことではなく、こうして一緒に迷い、一緒に静寂を共有することにあるのかもしれない。

指先に残った赤い果実の香りが、春の風に溶けて漂っている。

  • 早起きして、朝の光が畑に降り注ぐ瞬間を、ただ隣で眺めてみてほしい。
  • 温かい粥を分け合いながら、普段は口に出さない、小さな不安や願いをこぼしてみよう。