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「本当にここに来てよかったのかな」

「本当にここに来てよかったのかな」
君が車のドアを閉めたとき、ふと漏らした言葉。2月の苗栗は、想像していたよりもずっと空気が冷たかった。湿った土の匂いと、肌を刺すような鋭い風が二人の間に割り込む。白い息が淡く漂い、どちらが先に言葉を継ぐべきか、しばらくの間だけ静寂が居座っていた。
「わからないけど、なんとなく、いい気がする」
僕がそう答えると、君は小さく肩をすくめて、僕のコートの袖を少しだけ掴んだ。その指先の微かな震えが、冷え切った空気の中で唯一の確かな道標のように感じられた。

溶け合う時間と、静寂の温度

チェックインして部屋に入ると、テーブルの上に「阿財黒糖発糕」が置かれていた。指で軽く押すと、しっとりと押し返してくる弾力がある。口に運ぶと、黒糖の濃い甘みがじわりと広がり、冷えていた身体の芯がゆっくりとほどけていく。君がそのケーキを一口食べて、「おいしいね」と小さく笑ったとき、僕たちの間にあった緊張感が、砂糖が溶けるように消えていった。

案内された部屋は、期待していたよりもずっと贅沢な空間だった。ふかふかの大きなソファに深く身を沈めると、心地よい沈み込みと共に、日常の喧騒が遠のいていく。コーヒーマシンの淹れたての香りが部屋いっぱいに広がり、窓の外のバルコニーからは、苗栗の静かな街並みが淡い光に包まれているのが見えた。裸足で踏みしめたタイルのひんやりとした感覚が、心地よい刺激になる。特に印象的だったのは、室内に備えられた冷池と熱池の二つの泡湯池だ。熱い湯に身を沈めた後、冷たい水に肌を浸す。その激しい温度の揺らぎの中で、意識が研ぎ澄まされ、皮膚の境界線が曖昧になっていく。熱がゆっくりと、でも確実に、身体の奥深くへと浸透していく感覚。それは、僕たちが時間をかけてお互いの歩幅を合わせようとしてきた、あの不器用で、けれど愛おしいプロセスに似ているのかもしれない。

8階の露天風呂に上がったとき、視界を遮るように深い霧が立ち込めていた。遠くの景色は見えないけれど、だからこそ、隣にいる君の呼吸の音が、雨上がりの森のように鮮明に聞こえてくる。お湯から上がって、冷たい風に当たった瞬間に、君が僕の腕に寄り添ってきた。濡れた肌に触れる冷気と、隣から伝わる確かな体温。その鮮やかなコントラストが、今ここに一緒にいるという事実を、どんな言葉よりも正確に教えてくれる。

夕食にいただいた鴛鴦鍋の湯気が、二人の顔を白くぼかしていた。食材を一つひとつ鍋に入れ、火が通るのを待つ時間。特別な会話があるわけではないけれど、ただ同じリズムで箸を動かしているだけで十分だった。もしかすると、僕たちが求めていたのは、ドラマチックな出来事ではなく、こういう名前のない静かな時間だったのかもしれない。享沐時光莊園渡假酒店のしんと静まり返った夜の空気の中で、僕たちはただ、お互いの存在を静かに確認し合っていた。

厚いブランケットにくるまり、窓の外に広がる深い群青色の夜を、ただ静かに眺めていた。

  • 迎賓礼の黒糖発糕を、温かいお茶と一緒にゆっくり味わってみて。
  • 朝一番の8階露天風呂で、霧が晴れていく瞬間を隣で眺めてほしい。