← 戻る 泰安観止温泉会館

なぜ、あえてこの静謐な場所に家族を連れてきたのか?

子供のパジャマの袖に、一滴の雨が落ちた。小さな濃い色の円が、ゆっくりと、けれど確実に広がっていくのを、私はただぼんやりと眺めていた。8月の苗栗は、空気が水分をたっぷりと含んでいて、肌にまとわりつくような重さがある。けれど、泰安觀止溫泉會館のロビーに足を踏み入れた瞬間、肺の奥まで届くひんやりとした凛とした空気と、深く澄んだ檜の香りに包み込まれた。それは、外の世界の喧騒や湿り気をふっと遮断してくれる、目に見えない透明な膜に守られたような感覚だった。

なぜ、あえてこの静謐な場所に家族を連れてきたのか?

正直に言えば、最初は私一人が「静寂」を求めていた。けれど、子供たちを連れた旅に本当の意味での静寂なんて存在しないことは、分かっていたはずだ。チェックインを済ませ、廊下を歩くと、裸足で駆け出す子供たちの足音が、コンクリートの壁に反響して心地よいリズムを刻んでいた。このホテルの象徴である清水模の壁は、ただ冷たいだけではない。そこに家族の賑やかな声や、不意に漏れる笑い声が重なると、不思議と空間に柔らかな体温が宿る。完璧に整えられた豪華なスイートルームよりも、こうした削ぎ落とされたミニマルな空間の方が、かえって「いま、ここに私たちがいる」という実感が強くなる気がした。子供たちが騒いでいても、その賑やかさが灰色の壁に溶け込んでいく。ここでは、静かであることが正解ではなく、ただ心地よいと感じる周波数でいればいい。私たちは静寂を壊しに来たのではなく、この静かな器に、自分たちだけの不揃いで愛おしい記憶を詰め込みに来たのだと感じた。

子供たちの心を捉えて離さなかったものは何だったか?

「見て!小さな真珠がたくさん踊ってる!」次男がジャグジーの泡を見て叫んだ瞬間、私たちはみんな、弾けるように笑った。部屋にあるプライベートな湯船に身を委ねれば、外の熱気は嘘のように消え、ただ心地よい温度が肌を優しく包み込む。子供たちは、お湯の中で誰が一番高く泡を作れるか競い合い、結果として部屋中がしっとりと温かい湿り気を帯びた。けれど、それがいい。檜の精油が漂う湯気と、子供たちの幼い肌の匂いが混ざり合い、記憶の深い場所に刻まれていく。ふと窓の外に目を向けると、雨に洗われて鮮やかさを増した深い緑が広がっていた。それは都会の公園にある整えられた緑ではなく、聖なる山「パパワカ」に見守られた、野生の、少し恐ろしいほどの生命力を持った緑だ。食事の時間になれば、地元の新鮮な食材をふんだんに使った料理を前にして、長男が「全部食べたい!」と意気込む。瑞々しい果実の甘みが口いっぱいに広がるたび、子供たちの瞳は輝きを増した。口の周りをソースで汚しながら夢中で頬張る姿を眺めながら、私はゆっくりと温かいお茶を啜った。そのとき、旅の目的は「観光」ではなく、ただ一緒に同じ温度の時間を過ごすことだったのだと気づかされた。

旅立ちのとき、心に深く刻まれているのはどんな景色か?

チェックアウトの朝、エレベーターの中で子供たちが昨夜の出来事を言い合っている。誰が一番お湯を跳ね飛ばしたか、どの料理が一番美味しかったか。そんな些細な会話が、心地よい余韻となって胸に広がっていく。私たちは、完璧な家族旅行を計画したわけではない。途中で道に迷い、急な雨に降られ、子供たちのわがままに振り回された。けれど、泰安觀止溫泉會館で過ごした時間は、そうした「乱雑さ」さえも、かけがえのない旅のパーツに変えてくれた。思い出されるのは、豪華な設備のことではなく、お風呂上がりにみんなで寄り添って感じた肌のぬくもりや、濡れたタオルの心地よい重み、そして遠くの山々で鳴き続ける蝉の声。欠けている部分があるからこそ、そこを埋めようとする温かさが生まれる。この旅で得たのは、正解のある答えではなく、「ま、いいか」と思える心の余裕だったのかもしれない。

濡れた髪から滴る一滴の水が、冷たい床に小さな円を描いていた。

  • 湯上がりに提供される温かい生姜茶を、ぜひ家族全員でゆっくりと味わい、心まで温めてください。
  • 早朝の静寂の中、ホテル周辺の竹林を散歩し、山々の清浄な空気を肺いっぱいに吸い込んでください。