「ねえ、誰が水着忘れたの?正直に言いなよ」
「は?私は完璧にパッキングしたし。多分、〇〇でしょ」
「ひどい!私はタオルまで予備に持ってきたわよ」
「じゃあ、そのバッグから突き出してるのは何?……あ、それ、ただのバスタオルじゃん!」
みんなで大爆笑。12月の冷たい風が頬を刺し、鼻先がツンとする中、私たちは苗栗の山道を登りながら、誰が一番「旅に不向きな人間か」を競い合っていた。結局、一番準備万全だったやつが、ホテルの入り口でスマホを落として画面を割るというオチがついたけれど。そういう、ちょっとした計算違いがあるからこそ、この旅は正解なのだと思う。
灰色の静寂が吸い込む、私たちの体温
泰安觀止溫泉會館のロビーに足を踏み入れたとき、まず意識に飛び込んできたのは、裸足で踏んだ杉材の床の、しっとりとした温もりと清々しい木の香りだった。外気は18度まで冷え込んでいて、肺の奥まで澄んでいるけれど、ここは違う。視界に広がるのは、装飾を極限まで削ぎ落とした清水模の灰色の壁。極簡風のミニマリズムが貫かれた空間は、一見すると冷たい印象を受けるかもしれない。けれど不思議と拒絶感はない。むしろ、その無機質な壁が、私たちの騒がしい笑い声を柔らかく吸収し、心地よい残響に変えてくれる、巨大な耳のように感じられた。
部屋に入ると、壁一面の大きなガラス窓から、12月の深い緑が波のように押し寄せてくる。部屋の隅にあるプライベートな湯屋に足を入れた瞬間、熱いお湯が肌にまとわりつき、強張っていた肩の力がふっと抜けた。立ち上る白い湯気で視界が滲み、外の山並みが一枚の淡い水彩画のように溶けていく。コンクリートの冷ややかな質感と、肌を焼くような温泉の熱さ。この矛盾した二つの温度が同時に存在していることが、なんだか今の自分たちの関係性に似ているな、と感じた。完璧じゃないけれど、一緒にいればちょうどいい。
深夜、こっそり忍び込んだ屋外のインフィニティプールでは、空気がさらに研ぎ澄まされていた。水面から顔を出した瞬間、冬の夜風が濡れた肌をなで、心地よい戦慄が走る。見上げれば、都会では決して見ることのできない、刺すように鋭い星たちが黒い天鵞絨に散らばっていた。誰かが「見て、あそこに流れ星」と呟いたけれど、それが本当に星だったのか、それともただの錯覚だったのかはわからない。でも、その曖昧さが心地よかった。翌朝、現代化餐廳で提供された地元の食材を使った朝食は、冬の陽光をそのまま皿に乗せたように温かかった。特に、途中で立ち寄った店で食べた江技旧記のワンタンの、あのもちもちとした食感と出汁の香りが、まだ喉の奥に残っている気がする。
午前3時の、少しだけ正直な声
「なあ、10年後もこうやって、くだらないことで言い合ってるかな」
「どうだろうね。多分、もっとおばさんになって、健康診断の結果について言い合ってるんじゃない?」
「あはは、最悪。でも、いいかもな」
ジャグジーの湯気に包まれて、声のトーンが自然と落ちていく。昼間の喧騒が嘘のように、静寂が部屋の隅々まで満ちていた。誰かがふと漏らした本音が、お湯の波紋のようにゆっくりと広がっていく。正解なんてないし、未来なんて誰にもわからない。けれど、今この瞬間に、同じ温度のお湯に浸かって、同じ夜空を見ている。それだけで、十分すぎるほど確かなことがあるという気がした。
濡れた髪から滴る雫が、灰色の床に小さな円を描いていた。
- 旅の途中で「江技旧記」に寄り道して、熱々のワンタンを頬張ること
- 夜明け前のインフィニティプールで、冷たい空気と熱いお湯の境界線に浸かること