← 戻る 泰安湯悦温泉会館

白い雪のような春を、隣で歩く

指先に触れた空気は、しっとりと湿り気を帯びていて、心地よい24度だったと思う。高鐵を降りて苗栗の山深い方へと向かう道すがら、僕たちの会話はどこかぎこちなく、互いの視線がふとぶつかるたびに、どちらかが慌てて窓の外に目を逸らしていた。けれど、泰安湯悅溫泉會館に近づくにつれ、景色は鮮やかに塗り替えられていった。視界の端に飛び込んできたのは、山全体を白く染め上げる桐花。それはまるで、季節を間違えて降り積もった静かな雪のようで、僕たちの間にあった張り詰めた緊張感さえも、その圧倒的な白さに飲み込まれていく気がした。ふわりと風が吹き、君の肩に一枚の花びらが舞い降りた。君がそれに気づかず、僕がそっと手を伸ばしてそれを払ったとき、指先から伝わった君の体温が、今の僕たちにとって唯一の確かな正解のように感じられた。まだ丁寧に折り畳まれたままで、中身の見えない手紙のような、そんなもどかしい距離感のまま、僕たちは春の懐へと深く足を踏み入れた。

風と振動に身を任せて

ロビーでチェックインを済ませた後、僕たちを待っていたのは小さなゴルフカートだった。加速するたびに体に伝わる微かな振動と、頬をなでる春の柔らかな風。その心地よい揺れに身を任せていると、不思議と心の中の強張った部分が、ゆっくりと解けていくのが分かった。本館へと向かう木製の歩道を歩いているとき、僕は少しだけ格好をつけて歩こうとして、サンダルの縁を引っ掛けて盛大にバランスを崩した。君が小さく吹き出したその音が、この旅で一番心地よいリズムに聞こえた。完璧に振る舞うことよりも、こういう不格好な隙を見せ合うことの方が、今の僕たちには必要だったのかもしれない。ウェルカムスイーツのパンケーキを口に運んだとき、バターの濃厚な甘さと温かさが、冷えていた心をゆっくりと温めてくれた。折り目のついた紙を、一枚ずつ丁寧に開き始めていくような、そんな静かな解放感がそこにはあった。

湯煙の向こうに溶けていく言葉

夜が訪れると、世界は深い濃紺に染まり、空気はひんやりとした鋭い質感に変わった。ディナーで出されたステーキの、香ばしく焼けた肉の匂いと、口の中で広がる濃厚な旨味が、空腹だけでなく心の隙間まで満たしていく。そして、この旅の目的地である露天風呂へ。熱い湯に身を沈めた瞬間、肌を刺す夜風と、体を包み込むお湯の温度差に、小さく吐息が漏れた。硫黄の香りがかすかに混じる白い湯煙の向こうに、君の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。ここでは、無理に言葉を重ねる必要はなかった。ただ、遠くで絶え間なく鳴り続ける渓流のせせらぎが、僕たちの代わりに何かを語ってくれている気がした。お湯の温度がちょうどよかった。その単純な事実だけで、僕たちは十分に繋がっていると感じられた。ずっと握りしめていた硬い折り目も、この温かさの中で、次第に平らな面へと変わっていく。僕たちはただ、同じ温度の時間を共有していた。

3時の静寂と、隣にある体温

部屋に戻り、真っ白なリネンのシーツに身を投げ出したとき、心地よい疲労感が波のように押し寄せた。深夜3時、ふと目が覚めると、部屋の中には深い静寂が広がっていた。けれど、それは完全な無ではなく、壁の向こうから聞こえてくる川のせせらぎという、質感を持った静けさだった。隣で静かに寝息を立てている君の存在が、暗闇の中で確かな重みを持ってそこにある。僕たちは、互いに完璧に理解し合えるわけではないし、これからも迷うことが多いだろう。それでも、泰安湯悅溫泉會館で過ごしたこの時間があるから、少しだけ前を向ける気がする。もう一度丁寧に折り畳んで、大切に胸のポケットにしまった手紙のように、この記憶は僕たちの中で静かに、けれど確実に形を変えて残り続けるだろう。窓の外では、まだ白い花びらが舞っているのかもしれない。その不確かさが、今はとても愛おしく感じられた。君が寝返りを打って、僕の腕に触れた。その小さな温度こそが、僕がこの旅で見つけた、たった一つの確信だった。

夜の静寂に溶け込む、君の穏やかな寝息だけが世界に満ちていた。

  • 4月の桐花祭に合わせて、獅潭の鳴鳳古道をゆっくり散歩して、白い花に包まれる時間を。
  • 宿泊後は、地元の名店「江技舊記」で、もちもちの肉圓と温かい餛飩を味わってほしい。