← 戻る ホテル・ウッドランド

「充電器を忘れた犯人、誰か賭けない?」

「ねえ、誰が充電器忘れたか賭けない?私は〇〇に一票。だってあいつ、出発前に靴下左右違うの履いてたし」
「ちょっと、それ関係ないでしょ!っていうか、結果的に全員忘れたっていうのが一番のホラーじゃない?」
「信じられない。私たちのリーダーシップはどうなったのよ」
「リーダーなんて最初からいなかったでしょ。まあいいじゃん、ここではスマホなんて見てなくていいし」
「まあね。それより見てよ、あの牛。あんなにゆっくり歩く生き物がこの世にいたなんて」

互いの不手際を笑い飛ばす声が、苗栗の冷たい風に混ざって弾ける。誰が正解で誰が間違っていたかなど、この緩やかな斜面の上ではどうでもいいことのように思えた。冷え切った指先をポケットに押し込みながら、私たちはただ、目の前ののどかな風景に身を任せていた。

木々の呼吸と、琥珀色の静寂

舞牛森度假飯店 Hotel Woodlandに足を踏み入れた瞬間、まず鼻腔をくすぐったのは、乾いた杉の香りと、どこか懐かしいミルクの甘い匂いだった。ロビーの床を踏みしめると、足裏から伝わる木の弾力が、都会の喧騒で張り詰めていた肩の力をゆっくりと解いていく。チェックインの際に手渡されたハンドメイドの石鹸は、指先で触れると少しだけざらつきがあり、控えめな土の香りがした。それをポケットにねじ込んだとき、なんだか小さな秘密を共有したような、密やかな高揚感に包まれた。

私たちが泊まった「經典采霞」の部屋には、外の世界を切り取る大きな窓があった。ベッドからその窓まで、ゆっくり歩いて六歩。その短い距離に、11月の苗栗の澄んだ空気が凝縮されている。窓ガラスに触れると指先にぴりっとした冷たさが走るが、室内は木の温もりに包まれ、その温度差が心地よい。部屋の隅にある坐臥鋪に、私たちは誰からともなく身を寄せ合った。そこは、誰かが本を読み、誰かがぼーっと外の草原を眺め、誰かが小さくあくびをするための、名前のない空白のような場所だ。

午後のティータイムに提供された、熱々の牧場鮮奶茶。最初は白い湯気が激しく立ち上り、口に運ぶたびに濃厚なミルクの甘みが喉を潤した。けれど、とりとめもない会話に夢中になっているうちに、カップの中の液体はゆっくりと温度を下げていく。ぬるくなったミルクティーは、熱いときのような刺激はないけれど、代わりに素材本来の、少しだけ切ない甘さを帯びていた。それはまるで、旅の始まりの興奮が落ち着き、友人たちの本当の輪郭が見えてくる時間帯に似ていた。

夜、バスルームのタイルに裸足で触れたときの、ひんやりとした温度。水圧が心地よく肌を叩き、石鹸の香りが白い湯気と共に広がっていく。そんな些細な感覚のひとつひとつが、私たちがここに「存在している」ことを静かに教えてくれた。ここでは、何かを成し遂げる必要も、誰かに認められる必要もない。ただ、この深い木の香りに溶け込んで、呼吸を整えればいいのだという気がした。

午前二時、月光に溶ける本音

「……ねえ、私たち、十年後もこんな風に、くだらないことで言い合ってるかな」
「どうだろうね。たぶん、もっと腰が痛くなって、牛を見る体力もなくなってるかも」
「ふふっ、最悪。でも、それでいい気がする」
「まあ、いいんじゃない。今のままでも十分めちゃくちゃだし」
「……なんか、ここでは何でも言える気がする。不思議だよね」
「きっと、この部屋が全部吸い込んでくれてるんだよ。私たちの、格好悪いところまで全部」

部屋の明かりを落とし、窓から差し込む淡い月光だけが、私たちの輪郭をぼんやりと照らしていた。昼間の賑やかさが嘘のように、声のトーンが低くなる。そこにあるのは、寂しさではなく、共有された孤独という名の信頼だった。あなたはあなたのままでここにいていい。そのことが、言葉にしなくても伝わってくる静寂があった。私たちは、深い森の底に沈んでいくように、心地よい眠りに落ちていった。

窓の外で、遠くの牛が一度だけ低く鳴き、夜の空気に溶けていった。

  • 地元の「江技舊記」で、三代続く出汁の効いたワンタンを頬張ること
  • 早朝の牧場で、まだ眠そうな子牛にミルクをあげる時間を過ごすこと