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パジャマの裾を掴んで、誰かが笑った

パジャマの裾を掴んで、誰かが笑った

玄関のタイルに触れた瞬間、次男が「ひゃっ」と短い声を上げた。足の指先から伝わる、春なのにまだ消え残っている冬の冷たさ。ロビーに漂う清潔なリネンの香りと、誰かのスーツケースが転がる乾いた音が心地よく響く中、彼はそのまま冷たい床の上をペンギンみたいに小刻みに歩き始めた。私たちはその滑稽で愛らしい姿を眺めて、ただ笑っていた。旅の始まりは、いつもこんな風に、誰かの小さな違和感や、なんてことのない発見から静かに幕を開けるのかもしれない。


ホテルハーヴェスト那須の「白八汐の湯」に身を沈めると、とろみのあるお湯が肌にまとわりつく重みが心地よかった。立ち上る湯気に包まれ、指先までじんわりと熱が浸透して、自分という個体の境界線が曖昧になっていく感覚。長女は「お魚みたい」とはしゃぎながら、水中でゆっくりと腕を動かして、白い湯紋を描いていた。大人の私はただ目を閉じ、心地よい水圧が肩の強張りをゆっくりと解いていくのを待っていた。本当の休息とは、きっと、自分を完全に許せる温度に身を任せることなのだろう。
ウェルカムバスが砂利道を走る、ザザザという規則的な振動。窓の外を流れる那須の木々が、淡い萌黄色に染まり始めている。車内に満ちる、湿った土と針葉樹の混じった深い森の香り。ふいに長女が「温泉って、どこから来るの?」と真剣な顔で聞いてきた。私たちはしばらく考え込んだけれど、正解を導き出すことはできなかった。けれど、分からないままでいい。その純粋な問いが、この旅に心地よい空白を作り、想像力を広げてくれる気がした。
ブッフェのプレートに盛られた、地元那須の春野菜。口に運ぶと、土の香りがかすかに混じった、濃い緑色の味がした。溶けたバターのコクが野菜の甘みを鮮やかに引き立て、噛むたびに春の生命力が体の中に染み渡っていく。次男が不意に、お皿の上のブロッコリーを「小さな木」に見立てて、自分だけの森を作り始めた。優雅な食事とは程遠い光景だけれど、実際は、こういう乱雑で自由な時間こそが、何よりも贅沢な旅の記憶になる。
午前七時の光が、コテージの窓から斜めに差し込んでいた。空気中に舞う小さな埃が光の粒となって踊っている。裸足で歩くと、ベッドからバスルームまで、ゆっくりと数える十数歩の距離がある。その一歩一歩に合わせて、意識がゆっくりと覚醒していく。壁に当たって跳ね返る、子供たちの寝息の小さなエコー。ここは単なる広い部屋ではなく、家族それぞれの気配が心地よく分散され、互いの存在を緩やかに確認し合える聖域のような空間だった。
部屋の中央にある、使い込まれた木のテーブル。その表面に刻まれた深い木目の筋を、指先でゆっくりとなぞってみる。どこかで誰かが付けたであろう小さな傷や、拭き取れない染み。それは、ここを訪れた名もなき家族たちが残していった、記憶の集積なのだろう。長女がその表面にクレヨンで小さな花を描こうとして、私が慌てて止めた。けれど、その不器用なやり取りさえも、木の温もりの中に溶け込み、新しい記憶の一頁として刻まれていくようだった。
夜、大きなベッドに全員で潜り込んだ。誰がどこにいるのか分からないほどに、もつれ合った手足の温もり。次男がジャグジーの中で回転して目が回った話を、途切れ途切れに話し始めて、やがて静かな寝息に変わった。私たちは、ただ隣に誰かがいるという確信だけを抱いて、深い眠りに落ちていった。孤独という臓器を抱えて生きている私たちにとって、この密やかな密度は、外の世界から身を守る何よりも心強い盾になる。

パジャマの裾を掴んで、誰かが小さく笑った、そんな夜だった。

  • 子供と一緒に、ジャグジーの泡の海で誰が一番長く浮いていられるか競争して、家族の絆を深めるのがおすすめ。
  • 朝の澄んだ空気の中、コテージの周りを散歩して、まだ名もなき小さな春の花を宝探しのように探してみるのもいい。