← 戻る TAOYA白浜千畳

濡れたタオルの重さと、子供の寝息

べたつく小さな手のひらが、私のシャツの裾をぎゅっと掴んでいる。TAOYA白浜千畳のラウンジに広がる厚い絨毯に寝転がった下の子が、ひっくり返ったコップの水溜まりを、まるで別の惑星の海でも見るようにじっと見つめていた。「見て、海だよ!」とはしゃぐ声が心地よい。老大は「あっちの大きな椅子に座りたい」と言い張り、私の腕を何度も引っ張る。絨毯の毛足が意外と深くて、子供たちの騒がしい足音がそこへ吸い込まれていく。そんな混沌とした空気さえも、ここでは許されている。この場所の寛容さが、張り詰めていた私の心をゆっくりと解きほぐしていく。



42度の湯に、ゆっくりと体を沈める。肩まで浸かった瞬間、皮膚の境界線が溶けて、自分という輪郭が曖昧になる感覚。大人の時間というものは、こういう物理的な温度でしか取り戻せないのかもしれない。湯気の中で目を閉じると、今日一日中、子供たちの後を追いかけて張り詰めていた肩の力が、泥のようにゆっくりと抜けていった。温泉の柔らかな質感に身を任せ、「ああ、やっと私に戻れた」と心の中で深く息を吐く。ただ、温かい。それだけで十分だと思えた。


生ビールのサーバーから注がれる、あの低く心地よい、喉を鳴らすような音。オールインクルーシブという仕組みの正体は、財布を気にせず「もう一杯」と言える、親にとっての心の余裕のことだったのかもしれない。ライブキッチンの賑やかな喧騒と、遠くから聞こえる白浜の波の音が混ざり合って、心地よいBGMのように耳に届く。グラスが触れ合う軽い音が、今の私たちにはちょうどいいテンポだった。冷たい泡が喉を通り抜けるたび、日常のしがらみが洗い流されていく。


冷えたグラスに結露した水滴が、指の間を滑り落ちる。地元のフルーツを贅沢に使ったデザートの、舌の上で弾けるような鮮やかな甘酸っぱさ。子供たちが口の周りを白くして、互いの顔を見て笑い合っている。「おいしいね」と顔を見合わせる彼らの瞳に、旅のときだけに見せる純粋な輝きが宿っていた。その光景を眺めながら、あぁ、こういう名もなき瞬間のために旅をしているのだと、ふいに気づかされた。甘い香りが、家族の記憶に深く刻まれていく。


午後5時の光。5月の新緑が窓の外で鮮やかに揺れている。藤の花の淡い紫が、風に乗ってかすかに部屋まで届いた気がした。光と影の境界線が曖昧な時間帯、子供たちが追いかけっこをするシルエットが、白い壁に大きく映し出されていた。その不規則な動きが、心地よいリズムとなって部屋を満たしていく。黄金色に染まる室内で、彼らの笑い声が光の粒子のように舞い、空間全体を温かく包み込んでいた。


子供のサイズにはあまりに大きすぎる浴衣。裾を何度も踏んで、おぼつかない足取りで廊下を歩く姿。その不格好さが、なんだかたまらなく愛おしい。布が床を擦る「シュシュッ」という小さな音が、静かな廊下に心地よく響いていた。彼らにとっては、この大きな服を着ることさえ、一つの冒険なのだろう。「見て、お兄ちゃんみたい!」と胸を張る小さな背中。その誇らしげな様子に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


夜9時。嵐のような賑やかさが去った後の、贅沢な空白。子供たちの規則正しい寝息だけが、静かに部屋を満たしている。さっきまでの喧騒が嘘のように、世界には私たちだけが残されたような感覚。TAOYA白浜千畳での一日を振り返りながら、この静寂の重みが、心地よく体に馴染んでいく。賑やかさと静けさの間に横たわる、この長い時間の伸びこそが、家族で旅をすることの本当の贅沢なのだと、深く納得した。

窓の外で、白浜の夜風が静かに木々を揺らしていた。

  • ラウンジで子供と一緒に地元の飲み物を試して、誰が一番「不思議な味」だと思うか競い合うのがおすすめ。
  • 温泉から上がった後、わざと大きめの浴衣を着せて一緒に写真を撮ると、後で見返した時にきっと笑える。