← 戻る 亀の井ホテル 紀伊田辺

浴衣の裾を掴む小さな手の温度

浴衣の裾を掴む小さな手の温度

裸足のまま、青い世界へ飛び込む

7月の空気は、肌にまとわりつくように重い。車のドアを開けた瞬間に押し寄せてきたのは、潮の香りと、逃げ場のない湿り気だった。でも、亀の井ホテル 紀伊田辺のロビーに足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が皮膚の表面を撫でて、張り詰めていた神経がふっと緩むのがわかった。チェックインを待つ間、次男が「海だ!」と叫んで窓に張り付いている。彼にとって、このホテルのオーシャンビューは景色ではなく、巨大な青いプールのようだったのかもしれない。12畳の和室に入ったとき、子供たちはそのまま靴を脱ぎ捨てて、畳の上の広大な空間にダイブした。い草の香りが鼻をくすぐり、裸足で触れた畳のわずかなざらつきが、ここが旅先であることを静かに教えてくれる。親である私たちが「荷物を整理しなきゃ」と焦っている横で、彼らはもう、この部屋という名の新しい領土を攻略し始めていた。


迷路のような廊下と、光る宝物

子供にとって、ホテルの廊下はただの通路ではなく、未知の探検ルートなのだろう。次男が忽然、ゲームコーナーを見つけたときの興奮は凄まじかった。UFOキャッチャーの機械的な駆動音、パチンコ台の派手な電子音、そしてエアホッケーのディスクが壁にぶつかる乾いた音。それらが混ざり合って、某種の祝祭のような騒々しさを形作っている。彼は、景品の小さなぬいぐるみを手に入れるまで、絶対にここを離れないという強い意志を持っていた。隣で見ていた長女が「そんなの無理だよ」と笑っていたけれど、結局は二人で協力して作戦を練り始めていた。その姿は、まるで重要な任務に挑む特殊部隊のようだった。浴衣に着替えた彼らが、袖をひらひらさせながら廊下を走る。サイズが少し大きすぎて、裾を踏んでよろけるたびに、クスクスと笑い声が漏れる。完璧に整った家族旅行なんて、最初から期待していなかったけれど、この乱雑で賑やかな時間が、実は一番欲しかったものだったという気がする。


静寂が降りてくる時間と、大人の深呼吸

子供たちが深い眠りに落ち、部屋に本当の静寂が訪れる。布団の中で、彼らの規則正しい寝息だけがリズムを刻んでいる。ようやく訪れた、自分たちだけの時間だ。私はゆっくりと、あがらラウンジへと足を向けた。冷えたグラスに注がれた地酒の、喉を通るときの心地よい刺激。おつまみの塩気が、一日中子供たちの相手をして疲れ切った体に、ゆっくりと染み渡っていく。ここでは、誰の母親でも父親でもなく、ただの「私」に戻れる。窓の外に広がる夜の海は、深い紺色に染まり、波の音が遠くで低く唸っている。その音を聞いていると、今日一日あった「想定外」の出来事――長女が浴衣を嫌がって泣いたことや、次男が食事中に醤油をこぼしたこと――が、すべて心地よい記憶の断片に変わっていく。

その後、温泉に浸かった。お湯の温度がちょうどよく、肩まで浸かった瞬間に、背中の緊張が溶け出していく感覚。水圧が肌を押し戻す感触に身を任せていると、孤独とは寂しいことではなく、自分を回復させるための大切な器官なのだと感じる。家族と一緒にいることは幸せだけれど、こうして一人で静寂に浸る時間があるからこそ、また明日、あの賑やかな「チーム作戦」に戻っていけるのだろう。鏡に映った自分の顔は少し疲れているけれど、どこか満足そうに見えた。もしかしたら、旅の本当の目的は、目的地に着くことではなく、こうして不完全な自分たちを許し、受け入れる時間を持つことだったのかもしれない。布団に戻ると、子供たちが寝返りを打って、私の腕に小さな手が触れた。その温度が、何よりも確かな安心感として胸に広がった。


波の音だけが聞こえる部屋で、明日もまた賑やかな朝が来ることを、静かに待っている。
  • 子供と一緒に浴衣を選び、あえて「ちょっと大きめ」のサイズで、裾をひらひらさせながら館内を散歩してみてください。
  • 子供たちがゲームコーナーに夢中になっている間に、大人はあがらラウンジで地元の酒をゆっくりと味わう、時間差の贅沢を。