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浴衣の袖を掴む、小さな手の温度

浴衣の袖を掴む、小さな手の温度

足の裏に心地よく沈み込む、厚手のカーペットの感触。次男が裸足で廊下を駆け抜けるたび、弾むような足音が絨毯に吸い込まれていく。豪華客船を彷彿とさせる、緩やかな曲線を描く壁に沿って走る小さな背中を追いかけながら、私はこの場所が彼にとって、未知の地図を持つ巨大な迷路のように映っているのだろうと感じた。磨き上げられた木の香りと、誰にも邪魔されない彼だけの探検ルート。その自由で奔放な動きだけが、静謐な部屋の空気を軽やかに揺らしていた。


お湯の温度が、心まで解きほぐすようにちょうどいい。ウィスタリアンライフクラブ鳥羽の全室24時間温泉付という贅沢に身を委ね、客室の湯船に深く体を沈めると、肩にのっていた見えない荷物が、ゆっくりと白い湯気に溶けていく感覚がある。窓の外では十一月の冷たい風が吹き抜けているはずなのに、ここだけは外界から切り離された、濃密で温かな時間が流れている。子供たちが寝静まった後の、この贅沢な空白。静寂が肌に張り付くような心地よさは、いまの私にとって、どんな言葉よりも確かな休息だった。
窓を少し開けると、遠くから伊勢湾の波音が、寄せては返すリズムで届いた。それから、どこからか誰かが小さく笑い合う声。鳥羽の街が深く呼吸しているような、低くて心地よい調べ。長女が「ねえ、海はどうしてこんなに青いの?」と、不思議そうに聞いてきたけれど、私はうまく答えられなかった。ただ、その純粋な問いかけが、部屋の静寂に心地よく溶け込んでいることだけを確認していた。答えの出ない問いを抱いたまま、ただ海を眺める時間は、案外、大人の心にも必要な贅沢なのかもしれない。
金目鯛の煮付けの、深く鮮やかな赤色。箸を入れると、ふっくらとした身から、醤油と砂糖が凝縮された甘い香りがふわりと立ち上がる。一口運べば、濃厚な旨味が舌の上で贅沢に広がった。次男が「おいしい!」と歓声を上げ、口の周りをタレだらけにする。テーブルの上は次第に乱雑になっていったけれど、この賑やかさこそが、最高のご馳走なのだと感じた。お腹が満たされるとき、心の中のささくれさえも、一緒に丸く収まっていくようだった。
午後三時の柔らかな光が、和洋室の隅々まで届いている。窓の外に広がる紅葉が、オレンジ色のフィルターを通したように鮮やかで、視界を染めていた。光と影が交互に畳の上に落ち、時間の経過とともにゆっくりと形を変えていく。その静かな移ろいをじっと眺めていると、旅というものは、こういう何気ない色の変化を丁寧に数えることなのかもしれないと思った。視線を少しずらすだけで、世界が別の表情を見せてくれる。そんな発見に、心が静かに凪いでいく。
ぶかぶかの浴衣。長女がそれを無理やり着ようとして、長い袖に足が引っかかり、そのまま畳の上に転がった。コロコロと笑い転げる子供たちと、それをあきれながらも愛おしそうに見つめる夫。その光景が、まるで一枚の古い写真のように、鮮明に心に焼き付いた。最高級の設備や完璧なプランよりも、この不格好で、飾らない時間こそが、後で思い出したときに一番温かい記憶になる気がしてならない。
夜、家族全員で大きなベッドに潜り込む。外では街の灯りが宝石のように輝いているけれど、部屋の中は深い静寂と、洗い立てのリネンの香りに包まれている。子供たちの規則正しい寝息が耳に届き、隣にいる夫の確かな体温を感じる。何も語らなくても、いまここに一緒にいられることが、人生における一つの正解になっているような気がした。心地よい疲労感が、家族という小さなチームの絆を、静かに、けれど強く繋いでいた。

枕元に置いたグラスに、月明かりが静かに溜まっている。

  • 子供と一緒に、お部屋の温泉でゆっくりと泡風呂を楽しみ、心身を解きほぐす時間を。
  • 朝の澄んだ空気に包まれながら、家族で鳥羽の街をゆっくりと散歩するのがおすすめです。