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氷がグラスに当たる音だけが聞こえていた

湿った海風が首筋にねっとりと張り付く。熱海駅から宿までの道、誰が一番に迷うか賭けたけれど、結局は全員で同じ方向の、けれど微妙に違う路地を彷徨っていた。大江戸温泉物語Premium あたみに辿り着いたとき、僕たちの顔は茹で上がったタコのように真っ赤に火照っていた。



醤油と出汁の芳醇な香りが混じり合うバイキング会場。皿の上に山盛りになった揚げたての天ぷらと、彩りを完全に無視して詰め込まれた刺身。誰が一番「盛り付けのセンスがないか」を競い合うという、くだらない選手権が始まった。口いっぱいに頬張った冷たい魚の弾力が、火照った体に心地よく馴染んでいく。


「ねえ、この帯、どうやって結ぶのが正解なの?」浴衣の裾を何度も踏み直し、もどかしそうに呟く声。結局、結び目がぐちゃぐちゃなまま、「これが最先端のストリートスタイルだ」と言い張った。笑いすぎて腹筋が震えるたび、緩んだ帯がさらにずり落ちていくのが分かった。


和室の畳に大の字に寝転がり、天井の木目をぼんやりと数える。深夜のコンビニで買い込んだ、名前も知らない地元の駄菓子。それを分け合いながら、大学時代のあの大失敗を蒸し返して、また腹筋が崩壊した。い草の青い香りが、記憶の蓋をゆっくりと、けれど確実に開けていく。


露天風呂の濃密な湯気に包まれ、視界が真っ白に塗りつぶされる。お湯の温度がちょうどよく、強張っていた肩の力がふっと抜けた。遠くで誰かが笑っている声が、深いリバーブがかかった音のようにぼんやりと届く。ここでは、社会的な役割なんて脱ぎ捨てていい。皮膚の境界線が溶けて、世界と一体になる感覚があった。


裸足で踏みしめた廊下の絨毯が、予想以上に厚く、足首まで沈み込む。洗面台の鏡に映る、髪がボサボサでひどい顔をした自分。深夜三時の静寂は、昼間の喧騒とは全く別の、ある種の質量を持った空気だった。自分の呼吸の音だけが、正確なメトロノームのようにリズムを刻んでいる。


夜空を切り裂く、腹に響くような轟音。花火が弾けた瞬間、鼓膜だけでなく胸の奥まで激しく振動が伝わった。隣で誰かが「今の、ちょっと形が歪んでたよね」と至極真面目にツッコミを入れ、みんなで同時に吹き出した。火薬の焦げた匂いが、夏の夜の温度をさらに一段階上げていた。


朝の空気は、昨日よりも少しだけ冷たく、肺の奥まで洗われるようだ。チェックアウトして外に出たとき、心地よい疲労感が体に馴染んでいた。正解のない、不器用な旅だったけれど、その不揃いなリズムこそが心地よかった。またいつか、この不完全な時間をリピートしたいと思う。

忘れ物はないか、もう一度だけ、静まり返った部屋を見渡した。

  • 露天風呂付き部屋に泊まって、夜通しくだらない話をすること。
  • バイキングで、あえて一番地味な料理だけを集めてみる。