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湯気に消えた、小さな言い合いのあと

湯気に消えた、小さな言い合いのあと

下の子が、温泉の湯気を手で捕まえようと必死に空を仰いでいた。小さな指先が、白く煙る空気の中を魚のように泳いでいる。い草の香りがふわりと漂う畳の上に、点々とついた濡れた足跡。それがまるで秘密の迷路みたいに部屋を横切っていたけれど、誰もそれを気にしなかった。パタパタと鳴る小さな足音と、無邪気な笑い声。その不規則なリズムこそが、今の私たちにとって何より心地よい音楽だったのかもしれない。



肩まで深く浸かった瞬間、肺の奥まで熱い空気が入り込み、強張っていた身体がゆっくりとほどけていく。外気は刺すように冷たく、頬を撫でる冬の風が厳しさを教えてくれるけれど、それゆえに湯の温もりが至福に感じられた。潮騒の宿 晴海 / AMANE RESORT SEIKAIの「海の棟」にある露天風呂で、ただぼーっと海を眺めていた。冬の眠りに落ちた海は深い藍色に染まり、境界線が曖昧な空へと溶け込んでいた。日常で張り詰めていた心の殻が、お湯の温度に溶かされ、凪いだ海のように静まっていく感覚があった。


絶え間なく押し寄せる波の音が、心地よい低音となって耳に届く。そこに、上の子が「お菓子まだ?」とせがむ高い声と、下の子の弾けるような笑い声が重なる。一見すると不協和音のようだけれど、不思議と耳に心地いい。静寂だけが贅沢なのではなく、こういう賑やかな騒がしさが、家族という生活の輪郭をはっきりさせてくれる。波の音という雄大な背景があるからこそ、家族の小さな声が、かけがえのない大切な音として際立っていた。


散歩の途中で出会った、地元のお菓子。指先から伝わる紙袋の温かさと、口いっぱいに広がる控えめな和三盆の甘さ。冷え切った身体の芯に、小さな灯がともるみたいだった。「おいしいね」と顔を見合わせて笑う子供たちの頬は、寒さで林檎のように赤くなっている。特別なご馳走ではないけれど、あの瞬間の温度と味が、この旅の記憶の中で一番鮮やかに刻まれている。冬の厳しい寒さがあるからこそ、一口の温もりが、これほどまでに贅沢な贈り物に感じられるのだ。


午前七時の光が、障子越しに部屋の隅まで静かに満たしていく。海から昇ってくる深い霧が、景色を淡いグレーのベールで塗り替えていた。窓の外に広がる庭園では、冬を耐え忍ぶ植物たちが、静かに春の準備を始めている。まだ色はついていないけれど、じっと耐えている枝先に、本当に小さな、薄紅色の予感が宿っているのが見えた。私たち家族も、この冬の旅を通じて、目に見えないところで新しい形に変わろうとしているのかもしれない。


浴槽の縁に、忘れ去られた小さなクマのぬいぐるみ。濡れた毛並みが重たそうに垂れ下がっているけれど、それがなんだかたまらなく愛おしく見えた。洗練された和モダンな空間に、場違いなほど使い古されたおもちゃ。でも、その不完全な対比こそが、私たちがここに「家族」として存在している確かな証拠のように思えて。完璧な写真に収まる景色よりも、こういう、ちょっとした乱雑さがある風景の方が、ずっと深く安心できる。


夜、大きなベッドに家族みんなで潜り込んだ。誰が誰の足に触れているのか分からないくらいに、もつれ合って眠る。さっきまで言い合っていた些細な喧嘩のことなんて、もう思い出せない。ただ、隣に誰かがいるという確かな体温だけが、深い安心感となって身体を包み込む。静まり返った空間に、家族の呼吸だけが心地よく重なり合う。この静かな充足感こそが、私たちがこの旅で本当に求めていたものだったのだろう。

枕元のランプを消すと、遠くで寄せては返す波の音だけが響いていた。

  • 子供と一緒に露天風呂で「地球のスープ」を探して、温泉の不思議について語り合う時間を。
  • 別府の街をゆっくり歩き、冬の寒さの中で見つけた小さな梅の蕾を、子供と一緒に探してほしい。