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肩と肩の距離が、ちょうどいい温度だった

肩と肩の距離が、ちょうどいい温度だった

14:00、春の風が桜の花びらを数枚、肩に落としたとき

別府駅に降り立ち、MURE Beppuへと向かう十一分ほどの道のり。四月の空気はまだ淡い冷たさを孕んでおり、深く息を吸い込むたびに肺の奥まで洗われるような清涼感があった。ふわりと鼻腔をくすぐる硫黄の香りは、ここが温泉の街であることを告げる静かな合図だ。私たちは言葉を交わさずとも、その香りに導かれるように、ゆっくりと歩幅を合わせていった。もしかしたら、今の私たちに必要だったのは、饒舌な会話ではなく、ただ隣にいて同じリズムで呼吸をすることだったのかもしれない。

ホテルのロビーに足を踏み入れた瞬間、空間を支配していたのは、深く乾いた木の香りだった。視線を上げれば、長い年月を吸い込み、重厚な色を湛えた茶褐色の梁が横たわっている。指先でその表面をなぞってみると、古材特有の細かな凹凸と、歳月が刻み込んだざらつきが心地よく手に馴染んだ。新しく塗り固められた壁の完璧さよりも、誰かが使い古し、記憶が染み込んでいるこの質感の方が、今の私たちの不器用な関係にはちょうどいい気がした。

足湯カフェでは、温かなお湯に足を浸し、もっちりとしたお団子を口に運ぶ。控えめな甘さが舌の上でほどけるたび、旅の緊張で強張っていた肩の力がふっと抜けていく。ふと隣を見ると、君が「美味しいね」と小さく微笑んでいた。その横顔に差し込む午後の光は、まるで薄い絹を重ねたように柔らかく、穏やかだった。特別な出来事は何もいらない。ただ、同じ温度の空気を吸い、同じ甘さを共有している。それだけで、胸の奥に居座っていた孤独という名の空白が、静かに、そして確実に満たされていくのを感じていた。

23:00、街の灯りが遠い宝石のように見えた夜

屋上の貸切露天風呂に身を委ねると、ひんやりとした夜風が火照った頬を優しく撫でていった。しかし、身体を包み込むお湯は黄金色に輝き、芯からじんわりと熱を伝えてくる。100%源泉掛け流しという贅沢な言葉の意味を、肌が直接、本能的に理解していく。お湯が溢れ出すかすかな水音だけが響く静寂の中で、私たちはどちらからともなく、ほんの少しだけ距離を詰めた。触れるか触れないか、そのわずかな隙間に、心地よい緊張感と、それを上回る深い安心感が同居していた。

ふと見上げた夜空の下には、別府の街の灯りが点在している。あの中のどこかに誰かの生活があり、誰かのため息がある。けれど、この高い場所にある静寂に包まれていると、世界に私たち二人しか存在しないような、心地よい錯覚に陥る。君が吐き出す白い息が、夜の闇に溶けて消えていくのをじっと眺めていた。本当は、もっと上手な言葉で、今のこの感情を伝えられたらいいのにと思う。けれど、ここでは「言葉にできないこと」をそのままにしておく贅沢が許されている気がした。沈黙さえも、二人を繋ぐ心地よい調べに変わっていた。

部屋に戻り、「デラックス和モダン 花梨-KARIN-」の扉を開けたとき、再びあの懐かしい木の香りが私たちを迎えてくれた。広々とした空間は、二人で過ごすには十分すぎるほど贅沢でありながら、不思議と密やかな親密さに満ちている。裸足で踏みしめた床の温度がちょうどよく、深い眠りに落ちるまで、私たちはただ、お互いの静かな呼吸の音を聴いていた。旅というものは、どこか遠くへ行き、新しい何かを見つけることではなく、隣にいる人の静かな輪郭を、もう一度丁寧に再確認することなのかもしれない。

翌朝、カーテンの隙間から差し込んだ光が、心地よくまぶたを叩いた。