← 回到 格蘭維里奧別府灣和藏飯店

足先の距離が、少しだけ近づいた気がした

足先の距離が、少しだけ近づいた気がした

「ここ、本当に靴を脱いでいいんだね」

カードキーがカチリと乾いた音を立て、重いドアが開いた瞬間、別府湾から運ばれてきた少し冷たい春風が、ふわりと室内に流れ込んできました。「ここ、本当に靴を脱いでいいんだね」と、あなたは入り口で立ち止まり、不思議そうに足元を見つめて呟いた。私も同じことを考えていたのかもしれません。いつもなら完璧な靴を履いて、隙のない自分を演じているけれど。ここでは、その境界線を脱ぎ捨てていいのだという、静かな許可が出たような気がしました。私たちは、どちらからともなくゆっくりと靴を脱ぎ、裸足で部屋の奥へと進みました。

境界線を越えて、肌で感じる温度

足裏に触れる床の温度が、驚くほど心地よかった。それは、誰かに急かされることなく、ただそこにいてもいいという安心感に近い質感でした。グランヴィリオホテル別府湾 和蔵のオーシャンルームに足を踏み入れたとき、外の世界で張り詰めていた意識が、潮風に洗われるようにふっと緩んでいくのが分かりました。窓の外に広がる別府湾の青さは、4月の淡い光に溶け込んでいて、見ているだけで胸の奥にある重たい何かが、ゆっくりと形を変えていく。まるで、心の中の澱みが静かに凪いでいくような感覚でした。

夕食に訪れたシーサイドダイニング「別府八景」では、ライブキッチンの賑やかな音が心地よいリズムを刻んでいました。天ぷらが油の中で弾けるパチパチという高い音や、鉄板で食材が焼ける香ばしい匂いが、空腹だけでなく、凝り固まった心まで刺激します。私たちは、あえて多くを語らずに、目の前の料理に集中しました。地元の新鮮なお造りの、身が締まった冷たい感触が舌の上に残り、その後から追いかけてくる淡い甘み。そういう具体的な感覚に意識を向けているときだけは、二人の間にあった「どう接すればいいか分からない」という微かな緊張感が、美味しいというシンプルな共有体験に書き換えられていく気がしました。あ、そういえば、バイキングのプレートに盛りすぎた私の皿を見て、あなたが小さく笑ったこと。あの瞬間、私たちはきっと、同じ周波数にいたのだと思います。

その後、展望大浴場で体を浸したとき、お湯の重みが肩の力を完全に奪っていきました。視界に飛び込んでくるのは、湯気越しにぼんやりと霞む別府湾の景色。お互いの距離が物理的に近いのに、視線は遠くの水平線に向いている。その空白の時間こそが、今の私たちには必要だったのかもしれません。湯上がりにもらった無料のアイスが、火照った肌に心地よく、冷たい甘さが喉を通るたびに、心の中の強張っていた部分が解けていくのが分かりました。冷たいボトルを頬に当てながら、私たちはどちらからともなく、さっきよりも少しだけ、肩を寄せ合って歩いた気がします。もしかすると、私たちは正解を探していたのではなく、ただ一緒に心地よいと感じる温度を探していただけなのかもしれません。

波の音が、遠くでゆっくりと私たちの呼吸に合わせていた。

  • 次にここに来るときは、あえて何も計画せずに、ただ海の色が変わるのを眺めていたいね。
  • 湯上がりのアイスを半分こして、どっちが先に溶けるか、静かに競い合ってみない?