← 回到 Yell 飯店

地図のインクが滲んで、目的地が消えていた

雨に濡れた地図のインクが青く滲んで、目的地が曖昧な水彩画のようになっていた。けれど、私たちはあえてそれを無視して歩くことにした。駅を降りて数分、視界に飛び込んできたホテルエールの外観は、灰色の海岸線にぽつんと落とした鮮やかなオレンジ色のケーキのようで、その場違いな愛らしさに思わず吹き出した。


地中で静かに殻が割れる瞬間の、あの張り詰めた緊張感に似た空気が街に満ちていた。地元の店で頬張った、湯気が白く立ち上る温かい団子の甘さが、冷え切った指先にじわりと染み込んでいく。口いっぱいに広がるお米の香ばしさと、風に乗って漂ってくる温泉特有の硫黄の匂い。その濃密な混ざり合いに、身体が「ああ、ここは別府なのだ」と深く納得した。
「ここ、本当に大分なの? まるでプロヴァンスの路地裏に迷い込んだみたい」誰かが呆然と呟いた。南仏を思わせる真っ白な壁が陽光を反射して眩しく、私たちは互いのちぐはぐな服装とセンスのなさを笑い合った。結局、一番この風景に似合っていないのは、気取った格好でやってきた私の方だったのかもしれない。けれど、そもそもこの旅に正解なんて必要なかったはずだ。
ロビーで出会った、私たちよりずっと気品に満ちた表情の小型犬。ペットと一緒に泊まれるというHotel Aileの懐の深さを、その犬の余裕たっぷりの歩き方が雄弁に物語っていた。私たちはその小さな貴族に軽く会釈し、自分たちの山のような荷物の多さに絶望して、また声を上げて笑った。
暗い土の下で、光を探して伸びる白い根のような、静謐で緩やかな時間が流れていた。夜の散歩道、冷たい風に揺れるススキがざわざわと波のように音を立てている。見上げた空には、爪先のように細く欠けた月。誰が先に気づくか賭けたけれど、結局は同時に「綺麗だね」と口にし、その後の気まずい沈黙に耐えられず、誰かがくだらない冗談を飛ばした。
部屋に入り、裸足で踏みしめた床のひんやりとした温度が、火照った足裏に心地よかった。窓を開けると、ベイサイドビューの夜景が宝石を散りばめたように広がっている。ベッドから窓まで、ゆっくりと数歩。そのわずかな距離感さえも、今の私たちには心地よい余白に感じられた。遠くで低く響く波の音が、頭の中のノイズを静かに消し去っていく。
秋祭りの太鼓の音が、地響きのように胸の奥まで振動させていた。熱気あふれる人混みの中で、誰かが私の腕を強く引いた。格好つけて颯爽と歩こうとした瞬間、自分のスーツケースのキャスターに足を引っかけて派手に転倒した。誰も助けてくれず、代わりに爆笑した友人たちの残酷な声だけが、夜の湿った空気に溶けていった。けれど、そんな無様な失敗こそが、この旅の最高のハイライトになる。
隙間を見つけて無理やり外へ出ようとする生命力のような、心地よい疲労感が全身を包んでいた。完璧なプランなんて、最初からいらなかった。ただ、隣に誰かがいて、同じ温度の空気を吸い、同じ景色に心を動かしていたこと。それだけで、十分すぎるほど贅沢な時間だったのだと、今ならわかる。

夜の海に、小さな街の灯りが静かに溶けていた。

  • 駅からホテルまで、あえて遠回りしてベイサイドの潮風をたっぷり浴びてみて。
  • 屋上露天風呂で、何も考えずに夜空を眺める時間を15分だけ作ってほしい。