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濡れた浴衣が畳を擦る、小さな音

濡れた浴衣が畳を擦る、小さな音

9月の別府の空気は、しっとりと湿り気を帯びていて、まるで使い古したタオルのように肌にまとわりつく。ホテルニューツルタに足を踏み入れたとき、最初に私を迎えてくれたのは、古い建物が深く呼吸しているような、静謐で濃密な木の匂いだった。家族での旅は、いつだって某種のチーム戦だ。誰かが靴下を脱ぎ散らかし、誰かがお菓子の袋を乱暴に破き、誰かが「もう疲れた」と地面に座り込む。そんな混沌とした時間が、実は一番心地よいのかもしれない。それは、硬い地面の下で種がゆっくりと殻を破り、見えないところで根を伸ばしていくプロセスに似ている。完璧に整えられた庭園よりも、コンクリートの隙間から無理やり顔を出した名もなき草の方が、ずっと強い生命力を感じさせるように。

私は、自分を「完璧なガイド」だと思い込んでいた。けれど、波止場神社へ向かう道中で、自分の右足が青い靴下で、左足が黒い靴下であることに気づいたとき、ふと可笑しさが込み上げた。子供たちは誰も気づいていなかったけれど、ホテルのスタッフの方が、とても丁寧で、けれどどこか困惑したような、慈しみに満ちた微笑みを私にくれた。そういう、ちょっとしたズレや綻びこそが、旅の本当の輪郭になるのだと思う。プレミアム和モダンな客室に身を委ね、日常の鎧を脱ぎ捨てたとき、私たちはようやく本当の意味で「家族」に戻れた気がした。

心に刻まれた、家族の五つの断片

畳のい草のざらつき:指先でなぞると、少しだけひんやりとしていて、乾いた土のような懐かしい香りが鼻をくすぐった。一番下の末っ子がこの感触を気に入り、畳の上を魚のように泳ぎ始めたとき、部屋中が弾けるような笑いに包まれた。この心地よさを最初に発見したのは、大人の視線よりもずっと低い場所で世界を見ていた、彼だった。

湯気に濡れた窓ガラス:源泉掛け流しの大浴場から上がった後、窓に張り付いた小さな水滴が、外の景色をぼんやりと滲ませていた。一番上の子が、そのガラスに指で小さく丸を描きながら、「外の世界が溶けてるみたい」と小さく呟いた。温かい湯気に包まれて体中の力が抜けていく感覚は、張り詰めていた心がゆっくりとほどけていく、静かな儀式のようだった。この幻想的な光景に最初に気づいたのは、長男だった。

別府湾の深い藍色:夕暮れ時、部屋の窓から見えた海は、深い藍色からゆっくりと黄金色へと溶け込んでいた。隣でパートナーが、子供たちの喧嘩をなだめながら、ふと海を眺めて深く息をついた。その横顔に、旅の疲れと、それ以上の充足感が混ざり合っているのが分かった。言葉にしなくても伝わる、共有された静寂。この色の移ろいに最初に心を奪われたのは、パートナーだった。

地元のお菓子の甘い後味:近くの喫茶店で買った小さなお菓子。口の中でゆっくりと溶ける砂糖の甘さが、疲れた体に染み渡り、心地よい倦怠感をもたらした。子供たちの指先がベタベタになり、私はそれを拭き取りながら、この「面倒くささ」さえも、後になれば愛おしい記憶になるのだろうと感じた。甘さは、記憶を定着させる接着剤のようなものだ。この幸福な味に最初に気づいたのは、私だった。

ススキの銀色の穂:散歩の途中で、誰かが拾い上げた一本のススキ。風に揺れる銀色の穂先が、秋の柔らかな光を反射して、子供たちの瞳の中でキラキラと輝いていた。どちらがより「綺麗な」穂を見つけたかで言い争う彼らの姿は、まるで小さな宝探しをしているようだった。その一本の草が、私たちの旅の、ささやかな記念碑になった。この輝きを最初に追いかけたのは、子供たちだった。

暗い部屋に溶け込む、子供たちの規則正しい寝息。

  • 朝7時の、まだ街が眠っている時間に波止場神社まで歩いてみてください。空気の密度が変わる瞬間に出会えます。
  • ホテルニューツルタから徒歩圏内の喫茶店で、地元の人に混じってゆっくりとコーヒーを飲む贅沢を味わってください。