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湯気に溶けた、名前のない沈黙

湯気に溶けた、名前のない沈黙

指先に触れたリネンのひんやりとした冷たさと、それとは対照的に部屋の隅々にまで満ちている微かな温もり。午前六時の別府温泉 杉乃井ホテル、宙館の「青海」の客室で目を覚ましたとき、世界が深い瑠璃色に沈んでいるような錯覚に陥った。天井から降り注ぐ淡い光が、まるで深い水底に身を置いているときのようにゆっくりと揺らめいていて、自分が今どこにいるのか、あるいはどちらが上なのかさえ、心地よく分からなくなる。壁に反射する光の粒子が静かに舞い踊る様子を眺めていると、時間の流れさえも緩やかになり、日常の喧騒が遠い国の出来事のように感じられた。隣でまだ深い眠りに落ちている君の、規則正しい呼吸の音だけが、この静まり返った真空のような空間で唯一の確かなリズムだった。ベッドから降りて裸足で歩き出すと、厚いカーペットが足裏の感覚を柔らかく飲み込み、自分の存在さえも消えていくような静寂が心地よい。バスルームまで歩くそのわずか数歩の距離が、なぜかとても遠く、そしてかけがえのない時間のように感じられた。ふと、昨夜「和ダイニング星」で味わった、あの香ばしい藁焼きの香りが記憶の底から鮮やかに呼び覚まされた。六メートルの高い天井の下、天窓から差し込む柔らかな光に包まれながら、旬の食材が持つ濃厚な旨味と繊細な出汁の香りをゆっくりと堪能した時間。一口ごとに、身体の芯から強張っていた何かがほどけていく感覚があった。君がナプキンを床に落としてしまい、二人で堪えきれず声を上げて笑った、あの不格好で愛おしい隙間こそが、完璧な旅よりもずっと、私たちの距離を自然に縮めてくれたのだと思う。その記憶を抱いたまま、展望露天風呂である「宙湯」へと向かう。海抜二百五十メートル、空に最も近い場所で湯に浸かると、肌をなでる春風が濡れた頬に心地よく冷たい。熱い湯が身体を包み込む感覚と、外気の冷たさが交互に訪れる心地よい刺激に、心まで解きほぐされていく。立ち上る湯気で視界が白くぼやけ、隣にいる君の輪郭が曖昧になったとき、ふと肩と肩が触れ合った。どちらからともなく小さく笑い合ったけれど、あえて言葉にはしなかった。言葉にしないことで、この完璧な静寂が完成するという気がしたから。君がふと「これからどうなるかな」と、夜の海のような深い声で呟いたとき、私は「分からないね」と答えた。けれど、その「分からない」という言葉が、今の私たちには一番心地よい答えだった。答えを出すことよりも、答えが出ない時間を一緒に過ごせることの方が、ずっと贅沢で、愛おしいことだと思う。夜の帳が降り、別府の街に灯った明かりが、まるで黒いベルベットの上に散りばめられた宝石のように煌めく景色を眺めながら、私たちはただ、隣にいることの絶対的な安心感に身を任せていた。

  • 夜明け前の宙館で、街がゆっくりと色づく瞬間を眺めながら、静かに湯に浸かる時間。
  • 「和ダイニング星」で、高い天井の下、藁焼きの香りと共にゆっくりと会話を楽しむひととき。