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畳の上で、小さな足音が消えていくまで

忍者の変装と、畳の上の宝探し

重厚な玄関をまたいだ瞬間、鼻をくすぐったのは、古き良き時代を閉じ込めたような、清々しくも深い藺草の香りだった。外の冷たい空気から、しっとりと温かい館内の空気に切り替わったとき、心地よい解放感が全身を包み込む。ガラガラと心地よい音を立てて開く障子の向こうに、静謐な世界が広がっていた。大人は「立派な建築だね」と、その格式高い佇まいに抽象的な感嘆を漏らすが、次男の視線はもっと低いところにある。彼は廊下の隅にある小さな木の節や、畳の縁にあるわずかな擦り切れを、まるで地図にない秘宝を探す探検家のように、じっと凝視していた。彼にとって、山荘 神和苑という場所は、建築様式や歴史といった大人の概念ではなく、「触れることができる不思議な質感」が点在する巨大な迷宮なのだろう。「見て!ここ、秘密の印があるよ」と、小さな指で畳の目をなぞる。浴衣の袖が長すぎて、歩くたびに指先が隠れてしまうことに気づいた彼は、それを「忍者の変装」だと決めつけ、誇らしげに胸を張った。足の裏に伝わる畳の心地よい弾力と、どこからか漂ってくる濃厚な硫黄の匂い。そして、時折聞こえてくる遠くの水の音。それらが重なり合い、彼にとっての、この旅の幕開けを告げていた。

白いカーテンの向こう側、ミルクの海への冒険

鉄輪の街に立ち込める白い湯煙を見て、長女が「お空が洗われてるみたい」と、うっとりした様子で呟いた。彼女にとって、この街の蒸し湯は、大人が語る温泉の効能や地質学的な話などではなく、世界をぼんやりと幻想的に塗り替える魔法のカーテンなのだろう。山荘 神和苑の檜風呂に足を踏み入れたとき、彼女が真っ先に驚いたのは、お湯の温度ではなく、その乳白色の輝きだった。指先でゆっくりと円を描きながら、「ここには、大きなミルクの海があるんだね」と屈託なく笑う。お湯に浸かると、じんわりとした熱が芯まで浸透し、子供たちの小さな体もぽかぽかと温まっていく。その横で次男は、檜の濃厚な芳香に夢中になり、濡れた手で何度も壁の滑らかな木目に触れていた。彼らにとって、温泉は心身を癒やすリラクゼーションの場ではなく、未知の物質に触れ、その性質を確かめる実験室のような場所なのだろう。館内にある能楽堂の静謐な空間に迷い込んだとき、彼らは自然と声を潜め、まるで聖域に足を踏み入れたかのように慎重に歩いていた。古い木材が放つ落ち着いた香りと、張り詰めた静寂。畳の上をパタパタと駆ける足音が、静かな館の中に心地よく響く。あるとき、次男が「お風呂の神様が、僕の指をくすぐったよ」と真剣な顔で報告してきた。そんな根拠のない確信に、私たちはただ、愛おしさを込めて小さく笑うしかなかった。

真綿の重みに溶ける、親としての緊張

子供たちが深い眠りに落ちた後の「特別室 つつじ」は、驚くほど静かだ。ついさっきまで戦場のように散らかっていたおもちゃや、脱ぎ捨てられた靴下。それらが夜の闇に溶け込み、ようやく私は「大人」としての呼吸を取り戻す。ここに用意された真綿の布団に体を沈めると、それは単なる寝具ではなく、誰かに優しく抱きしめられているような、心地よい重みを持っていた。絹の繊維が空気を孕み、体温をゆっくりと閉じ込めていく。枕に頭を預ければ、心地よい沈み込みと共に、意識がゆっくりと深い場所へ降りていく。その重さは、今日一日、親として張り詰めていた心の緊張を、静かに、そして確実に解きほぐしてくれる。窓の外に広がる別府の街並みは、点在する光の粒となって、深い紺色の夜空に溶け込んでいた。11月の夜気は冷たく、窓ガラスを叩く風の音が聞こえるが、部屋の中には温かな静寂と、かすかなお香の香りが満ちている。ふと隣を見ると、布団の端から小さな足が一本、ひょこりと飛び出していた。その無防備で愛らしい姿を見たとき、旅の疲れは、心地よい充足感へと塗り替えられていく。完璧なスケジュールなど、最初から必要なかったのかもしれない。子供たちが不機嫌に泣いたことや、食事中に味噌汁をこぼしたこと。そういう「乱雑な記憶」こそが、後になって一番鮮やかに思い出される、この旅の正体なのだという気がする。私はただ、この絹の重みに身を任せ、遠くで聞こえる風の音に耳を澄ませていた。

眠った子供の、温かく小さな手のひらが私の指に触れている。

  • 子供と一緒に、鉄輪の街にある「蒸し湯」を巡って、どこの煙が一番濃いか競争してみるのがおすすめです。
  • 真綿の布団に潜り込む前に、子供たちと「明日はどんな色の湯を見つけようか」と小さな作戦会議をしてみてください。