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裸足で歩いた廊下が、少しだけ冷たかった

裸足で歩いた廊下が、少しだけ冷たかった

喧騒の果てに待っていた、畳の静寂

五月のゴールデンウィーク。別府駅に降り立った瞬間、肺に流れ込んできたのは、湿り気を帯びた潮風と、鼻腔をくすぐる濃厚な硫黄の匂いだった。駅前はまるでお祭りの後のような騒がしさで、「ねえ、予約確認メール持ってるの誰?」という混乱した声が飛び交う。私たちは重いスーツケースを転がし、アスファルトにガタガタと不協和音を刻みながら歩いた。けれど、御宿 野乃別府の入り口で靴を脱いだ瞬間、世界から音が消えた。足裏に触れた畳の、ひんやりとしていながらもどこか懐かしい乾いた質感。それはまるで、都会のコンクリートの隙間に静かに広がる苔のように、私たちの尖っていた気分をゆっくりと塗りつぶし、柔らかく解きほぐしていく感覚だった。

この宿が私たちに教えてくれた4つのこと

「靴を脱ぐ」という究極の解放
大人が揃って裸足で廊下を歩くなんて、普段の生活ならありえない。けれど、ここにある畳の心地よさに慣れてしまうと、もう靴を履くのが億劫に感じる。足の指先から緊張がじわりと抜けていく感覚は、どんな高級スパよりも正直で、贅沢な快楽だった。

13階から眺める、湯気とミニチュアの街
天然温泉大浴場で、窓の外を眺めていた。五月の柔らかな光の中で、別府の街が精巧な模型のように見える。お湯に浸かり、視界が白い湯気でぼやけるたびに、「日常」という名の檻からほんの数センチだけ外側にずれたような、不思議な解放感に包まれた。

貸切風呂を巡る、泥沼のジャンケン大会
「誰が最初に貸切風呂に入るか」で、私たちは大真面目にジャンケンを繰り返した。結局、一番運が悪かった者が最後に回ることになったが、その不公平さこそが旅の醍醐味だ。狭い空間に閉じ込められた熱い湯気が、私たちのくだらない笑い声をさらに濃く、密やかにしていた。

深夜2時の醤油ラーメンという絶対的な正解
旅の計画なんて、結局はただの目安に過ぎない。深夜、誰からともなく「ラーメン食べない?」という提案が出たとき、私たちは同時に合意した。湯気と共に漂う醤油の香りが、疲れた体に染み渡る。あの時食べた一杯は、どんな三ツ星レストランの料理よりも、私たちの連帯感を強めてくれた気がする。

リストの外側にあった、名前のない時間

ガイドブックの正解を追いかけるよりも、ずっと記憶に刻まれているのは、トリプルルームで浴衣姿のままだらだらと過ごした時間だった。誰かがふと口にした、昔のくだらない失敗談。それに合わせて笑い転げ、そのまま畳の上に大の字になって天井を見上げる。外では新緑が鮮やかに色づき、藤の花がどこかで咲いているはずなのに、私たちはあえてその「正解」を無視した。ただ、お湯に浸かった後の火照った肌に、冷たいエアコンの風を当てる心地よさを共有していた。それは、計画された旅では決して出会えない、空白のような時間。けれど、その空白こそが、私たちにとって一番必要なピースだったのかもしれない。旅の本当の目的は、どこかへ行くことではなく、誰と一緒に「何もしない時間」を心地よいと感じられるかを確認することだったのだ。

湯上がりの冷たい牛乳を飲みながら、私たちは明日もまた、ただお湯に浸かろうと決めた。

  • 駅からの徒歩1分という近さを利用して、あえて身軽に街へ出ること
  • 貸切風呂の予約時間を決めず、直前まで駆け引きして楽しむこと